第3話 持たざる者、嗚呼、非力なり 三

 神様に蹴飛ばされて無事に? 異世界転生を果たした私が意識を取り戻した場所は、実に不可解な場所だった。


 というかその前に、あの神様は本当に神様だったのだろうか。

 昔から乞食と神様は紙一重、などと言われることもあるとかないとか。諸説あるとかないとか。

 今度また会う機会があれば、とりあえず一発殴ってから聞いてみよう。

 多分だけど、ああいうポジションの登場キャラは三度出くわすような気がするのだ。

 

 さて、それよりも今は現状を理解する方が先だと思い直した。


 私は何故かいま、鉄の格子で囲われた中にいる。

 土壁の無機質な部屋というべきか、牢獄というべきか、広さも三畳ほどで狭い。

 生臭いような腐敗臭のような饐えた臭いが鼻をつき、モゾモゾする。

 鼻の中の毛量が昨日よりも増えたような気がする。おそらく気のせいだろうとは思うけれども。

 そして、ご丁寧に両手は後ろ手に縄で縛られ、身動きがほとんど取れない。


 格子の外を、南国のカラフルな鳥のように着飾った貴婦人のような女性たちが口元に扇子を当てながら、こちらを見てはホホホとヒソめきながら通り過ぎていく。

 ふぅ、良かった。初期ポイントを全部使ってステテコパンツを選んでおいたのは正解だったようだ。

 もしこん棒の方を選んでいたとしたら。

 全裸にこん棒。

 考えただけでうすら寒くなる。

 持たざる者プレイの縛りですら布くらいは纏ってるからね。

 昨今のコンプライアンスは本当に厳しいんだから。ねえ?


 いや……じゃなくて、私、囚人?

 こんな底辺な転生って本当にあるんですか。

 普通は物語の主人公と言えば、転生したらチートスキルをもらって無双したり、無能力者だったとしても、いきなりハーレムから始まったりするわけじゃないですか。

 ちょっとひどくないですか神様。

 私は自分の人生なのに、自分の物語の主人公ではないのだろうか。


 誰もが自分の人生の主観が主役ではなく、脇役だなんて思って生きている人はいないだろう。


 そんな惨めで哀れな私を見て、通り過ぎて行く貴婦人たちは笑っていた。

 ほとんどの女性たちがツバの広い帽子で目元も隠れていて見えないけれど、扇子と帽子の隙間から見えるわずかな皮膚の筋肉が、嘲笑を表していた。


 まあ、現実の世界でも給料だけは人並みよりも多かったけれど、平気で靴底を舐めてきたような人生だったし、貴婦人方のような視線もいまに始まったわけじゃない。 もちろん状況は違うけれども。


 しかし、生まれ変わっても同じような視線を受けるというのは、気持ちのいいことじゃないね。


 そもそも、本当に私は転生などという非現実的なことを体験したのだろうか。

 現実から逃げ出したいという願望から、転生をしてみたいなどと思ったことはもちろんある。

 しかし、転生というのはゲームや小説の中でしか起こりえない出来事なのだ。

 ついにはそこまで退嬰的な気分になりかけていた。


 霞ヶ関でがむしゃらに働いていたはずの自分があやふやになり、そしていま囚人になっているこの状態ですら本当に起こっている現実のことなのか分からなくなってきた。

 全ては自分の脳が作り出した虚像であり、本当は私という自我と身体は実体を持たないものだとしたら。

 

 急に襲ってきた不安に、私は寒くもないのに身体が小刻みに震えてきた。

 私を嘲笑する観衆は絶えない。


 きゅっと目を閉じて過ぎゆく観衆をやり過ごしていると、ふと目の前で立ち止まった気配がした。


 恐る恐る目を開けると、そこにはやけに整った顔立ちの女性が立っていた。

 どこかボーイッシュな仕草で、イタズラ好きそうな大きな瞳。

 スラリとした長身の、女性らしい出るところは出て、引き締まるところは引き締まったしなやかそうな身体。

 もしも、人間の顔を持っていたのなら、さぞかし美人なのだろうと、私は思った。

 

 そんな彼女をみて、私は思った。

 私は虚像を描いたわけでもなく、どうやら本当に異世界転生を果たしたようだ。


 そして彼女は唐突に私に告げた。

 まるで憐れむかのように。

 まるでおかしくて笑うかのように。


「君はどうやら呪われてしまったようだね」


 リアルな猫の顔をもつ彼女は、そう言いながら手を差し伸べてきた。

 手は猫の手でもなく、人間の手そのものだった。

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