第4話 恋人の会話

「何でここにいるんだ」


 蓮はできるだけ平静に見えるように聞く。


「まるで私がここにいるのがダメだという言い方だな」


 望月は戯けて聞く。


「あぁ、お前はここにいてはダメなんだ。だから帰ってくれ。今すぐにでも」


「そんな寂しいことを言うなよ。君の妹ちゃんには蓮くんの彼女って言ったんだ。そしたら、快く家に入れてくれたよ?」


「今日初めて会ったお前と恋人になった覚えなんてない。あと、蓮くんって呼ぶな。鳥肌が立つ」


 蓮は胸の奥深くで怒りがフツフツと込み上がってくるのを感じる。


「おや、じゃあ何て呼ぼうかな? そうだ、カラスくんなんてどう?」


 蓮の怒りが爆発する。


「お前!!」


 蓮の冷たい心が叫ぶ。

 殺してしまえ。殺せば目撃者なんていなくなる。

 ―ここは俺の家だ。地の利がある。望月は罠なんて仕掛けることはできない。


 蓮は冷静に殺す手順を考える。

 だが、不確定要素が大きすぎる。

 蓮を押さえつけていたあの怪力。近くにいても気づかない隠形。分からない。

 どうすればこいつを殺せる。


「お茶持ってきたよ」


 しかし、そんな考えは沙耶の登場で吹き飛ぶ。

 ―そうだ。もし殺せても俺は捕まるだろう。たとえ逃げる事が出来たとしても指名手配犯だ。沙耶と一緒に逃げるなんてできない。一人にすることはもっとできない。


「あぁ、ありがとう」


 蓮は先程まで殺人を考えていた人物とは思えないほど爽やかな笑みで感謝を伝える。


 望月は少し驚いたような、感心するかのような表情を見せる。

 教室のときとは違い、少し表情豊かだ。


「ねぇ、沙耶ちゃん。沙耶ちゃんから見てお兄ちゃんってどんな人?」


 望月は部屋から出ようとする沙耶を引き止め、尋ねる。


「そうですねぇ、おにぃは何というか独立した人なんですよ」


「独立?」


「そうです。たとえ困ったとしても誰にも助けを求めないし、誰かを頼ることはない。そんな人です」


「へぇー」


 良いことを聞いたとばかりにニヤニヤと笑う。


「ありがとね沙耶ちゃん」


「大丈夫ですよ、おにぃの彼女さんなんですから」


 沙耶は望月と対照的に太陽のような暖かい笑顔を送る。


「あ、そうだ沙耶ちゃん。今からお兄ちゃんと恋人の会話するからしばらく遠くの部屋に行っててくれる?」


「は?」


 思わず蓮は声が出てしまった。


「は、はい! おにぃ頑張ってね!」


 顔を真っ赤にした沙耶はいそいそとリビングから出ていった。


「沙耶ちゃん、いい子ね」


 蓮を見ずに、沙耶が出て行った扉の方を眺めながら望月は言う。


「お前沙耶に何かしたら許さないからな」


 鎮まっていた怒りがまた沸き上がろうとする。


「何もしないよ。それより、恋人の会話を始めましょうか」


 微笑まじりに望月は言うが、蓮は返事をすることはなく、ただ睨みつけるだけ。


「別に冗談で言ってるわけじゃない。私は本気」


 望月も蓮を睨みつけ、睨み合いを始める。

 先に視線を逸らしたのは蓮の方だった。


「分かったよ。でも何だよ本気の恋人の会話って」


「そうね、まず私達本当の恋人になりましょ」


「は?」


 蓮は変わらず真面目な顔で言う望月の顔をまじまじと見る。


 確かに望月を恋人にできたら誰にでも自慢できる。今改めて近くで見れば、まつ毛は長く、肌も綺麗だ。少し気の強そうな顔に見えなくもないが、そこも一つの魅力だろう。

 だが、それは普通の人の場合だ。

 望月は普通じゃない。

 わざわざ蓮を尾行し、こちらが近づけば罠にかけ、しかも自宅にまで入り込む。

 世間一般の常識に当て嵌めてみると立派なストーカー行為だ。


「嫌だ。お前と恋人なんてなりたくない」


「そこまで私は嫌われてたのか。ちょっとショックだね」


「あんなことして嫌われないとでも思ったのか」


 ふふ、と望月は笑う。


「あれは必要なことだったんだ。主に私のためにね。これから恋人になるって言うんだ。少し私について知ってもらおう。端的に言うと私は人間不信なんだ。昔色々あって人を信じることができなくなった。でも、相手が裏切れないようにすればその人のことを信じられるのではないかと思ってね。実際上手くいった。今、私は君のことを信頼している」


「どうして俺なんだ」


 蓮は静かに聞く。

 他にも聞きたいことはあったが、何よりもこれが気になった。


「君と私は似ているからだ」


「どこも似てないよ。殺しが趣味なやつと似ていてたまるか」


「あれはちょっとしたジョークだよ。受けるかと思ったら大スベリだった」


「無表情であんなこと言われたら冗談には聞こえねぇよ」


 今ほど感情豊かであれば笑いの一つや二つ起きていたかもしれない。

 いや、センスが絶望的だから可能性が0から0.01ぐらいに上がる程度だろう。


「まぁ、そんなことはどうでもいいんだ。君と私は本当に似ているんだ。私はね、つい最近力を手に入れたんだ。一週間前ぐらいの朝のことなんだけど私は人の周りに淡い色が見えるようになった。最初はそれがなんなのか分からなかったけど直ぐに感情を表しているんだと分かった」


 ―本当か? 疑え。こいつの言うことは簡単には信じるな。


「そうか」


 表面上は素直に頷く。


「今、嘘つけって思ったでしょ。君の周りに疑念を表す青色がある」


 図星だったが、無視する。余計な発言はしたくない。


「分かりやすいね。まぁ、その色が見えたあと私は外に出たんだ。色んな人の色を見るためにね。そこで君を見つけた。君の色は今と同じ青色だった。私自身の色を鏡で確認した時も青色だったから気になってついて行ったんだ。そしたら、君がカラスに何かやらせているのが見えたんだよ。あ、これその時の写真ね」


 望月はスマホの画面を蓮に向けて見せる。バッチリと、カラスに囲まれた蓮がポチからスマホを受け取るところが撮られている。


 ―スマホを壊すか。それとも隙を見計らってこの写真を消すか。


「あ、赤色になった。攻撃的だね。もしかしてスマホ壊そうと思った? 残念、予備の予備まで準備しているから意味ないよ」


「チッ」


 思わず舌打ちをする。

 どれだけ用意周到なんだよ。


「分かってくれた? 君と私が似ているってことに」


「認めたくないけどな」


「それじゃあ、恋人になりましょうか」


 話が振り出しに戻る。


「そもそもなんで恋人になる必要がある。沙耶への口裏合わせのようなものなら別れたとでもしとけばいいだろ」


「沙耶ちゃんだけの話じゃないよ。みんなへの言い訳でもあるんだ。私達はこれから情報交換とかのために頻繁に接触することになると思う。その時にわざわざ言い訳を考えるのも面倒くさいから恋人って事にしておきたいんだ」


「·····一応筋は通っているな」


「別に恋人的な行為を求めるわけじゃない。利用し利用される。そんなビジネスライクな恋人でいきましょう」


 望月が手を差し出す。

 だが、蓮はその手を眺めるだけで中々取ろうとしない。


 —こんな暴力女と形だけだとはいえ付き合うなど考えたくもない。だけど·····


 最終的に蓮は小さな溜息と共に手を動かす。


「そういうことなら仕方ない。高校に上がれば直ぐ別れるからな」


「まぁ、3ヶ月間だけの恋人ってのもロマンティックでいいね」


 蓮は望月と固い握手をする。

 どちらも相手に望むのは一緒。

 裏切らないでくれ。


 果たして、その望みは届くのだろうか。

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