第3話 転校生
「今日は転校生を紹介する」
それが冬休み明け初日、担任が口にした最初の言葉だった。
みんなソワソワしながらも、混乱していた。
それはそうだ。何しろ時期が悪い。
受験する日は違うかもしれないが、ほとんどの生徒が受験を間近に控えている。
蓮も最近教室の雰囲気が少しピリピリして来たのを肌で感じていた。
そして、そんな雰囲気を気にしないかのように、ドアは大きな音を立てて開く。
ドアから現れたのは見覚えのない少女だった。
少女は教壇の前まで歩く。
その少女はまるで花のように綺麗だった。
凛とした佇まい。雪のように白い肌。少し冷たさを感じる整った目鼻。
そして、神々しさすら感じる紅い瞳。
紅い瞳は特に注目を集めた。この学校には紅い瞳の持ち主などいない。もちろん、青い瞳も黄色の瞳も存在しない。
紅い瞳を持つ少女は異質な存在だと言える。
その異質な少女の視線は今、蓮へと注がれている。
―どうしよう。ガンつけられてる。
蓮は冷や汗をかく。
蓮には何かやった覚えなどない。もし、視線の向け所に困ったとしても窓際の後ろから一つ前の自分を見詰めることなどないだろうと思った。
一番後ろは勉強のためだとか言って不登校になっているので、ほぼ確定で何らかの意図を持って蓮を見ている。
蓮は内心ビクビクしながら少女を観察する。
実は知り合いとかそういうのかと思ったが、冴えた脳みそは即座にそれを否定した。
あんな美少女は知らない。
というか紅い瞳なんて見たら忘れない。
あの瞳がカラコンとかそういう人工的なものでは無いことは直ぐ分かった。
「名前は望月楓。趣味は殺し――剣道。よろしくお願いします」
可愛らしい口から鈴のような声が教室に響き渡る。
しかし、その声は僅かな圧を伴っており、教室の中は異様な雰囲気となった。
しかも、一つも表情を変えないため更に圧がすごい。
そして、蓮は猛烈に冷や汗をかいていた。
―殺し、え、何? 殺しを生業にしている人? 俺もしかして次のターゲット?
「望月の席はあそこだ。ほら、窓際の死んだ目をしているやつの後ろ」
担任が指で示したのは蓮の後ろの席。つまり不登校の生徒の席だった。
―うわ、このクソ教師不登校の生徒の机差し出しやがった。しかもその席って俺の後ろの席だよな? つまり俺のこと死んだ目って言ったってことだな。
不登校は先生も腹立っているだろうし自業自得だから良いとして授業に真面目に出席している優等生に死んだ目って言ったらダメだろ。
心の中で長々と不満を垂らしながらも、口には出さない。
代わりに少女――望月の方をチラッと見る。
望月は相変わらずお面のように無表情を保っている。
望月は教室中から集まる視線など気に留めることはなく、堂々と歩く。
蓮は素直に感心した。
―あんなに視線を向けられてよく堂々としていられるな。もしかして慣れてるのか? うん、有り得るな。あんなに綺麗だったら街中でもジロジロ見られるだろうし。
望月が席に座ると、担任は今日の時間割の変更点などを言い始めた。
蓮はその話など一つも耳に入って来なかった。
ただ、後ろに座る少女から身を守る術を必死に考えていた。
◇
放課後、学校が終わるとみんなそれぞれ帰路につく。
部活をこの時期までやってる人はおらず、教室に居座って駄弁る人も少ない。
多くは塾や図書館の自習室などに行くためさっさと帰る。
この受験直前に勉強以外に励む人は少数派だ。
そして、蓮はその少数派の一人だった。
「少し穴大きくなったか?」
蓮は大穴に吸い寄せられるかのように、大穴がある住宅街の近くまでやって来ていた。
今日もポチ達にスマホで大穴を録画して来て貰った。
今日は前回の反省を活かして魚肉ソーセージを持って来ていたので、1羽づつ3等分したうちの一切れを投げ渡す。
最後にポチへ渡すと、ポチはカーと鳴き、右翼だけを広げて方向指し示した後、飛び去った。
「そういうことはもっと早く言えよ」
蓮はふぅ、と溜息をつく。
―最近溜息が多くなったな。
蓮は思う。
これは絶対面倒なことになる。
蓮は木々が生い茂っている方向に視線をやる。
特に何も異常はない。
だけどポチは言ったのだ。
見張ってる人間がいると。
もう一度注意深く見ても人影はない。
―俺が勘づいたと思って逃げたのか、それともただ単に隠れるのが上手いのか。
蓮は覚悟を決めて木々の中を進んで行く。
しかし、誰もいない。
蓮は悩む。
もっと奥へ行くべきかどうか。
その時、カサっという音がした。
蓮はつられてそちらを向く。
誰もいない。
あるのは見覚えのある生徒手帳だけ。
「なんでここに?」
恐らく自分の学校の生徒手帳だ。
奇妙に思い少し歩み寄る。
瞬間、後ろから冷たい雰囲気が押し寄せてくる。
―あ、やばいやつだ。
「ぐぇ」
背中に強い衝撃をもらい、地面に倒れる。
肺が押され、空気と共に変な声が出る。
立ち上がろうとしても、上に攻撃した張本人が乗っており、かなりの力で押さえつけられているから立ち上がれない。
「もう逃げられないよ、化け物さん」
どこか嬉しそうな、聞き覚えのある声が耳に響く。
地面と向かい合うようにうつ伏せになっているので、上に乗っている人物の顔は見えない。
―くそッ、どうする。このまま抵抗を続けるか。それとも優しい人物だと信じて素直に捕まっておくか。いや、それだけはダメだ。他人に選択肢を与えたらそれこそ終わりだ。
どうする。どうする。どうする。
考えろ。
今の俺には力がある。もうあの頃の弱い俺じゃないんだ。
そして、最後の選択肢が生まれる。
蓮は少しも考えることなく、その選択肢を選んだ。
何か喋り続ける声の主に抵抗していた全身の力を抜き、念じる。
―飛べ。
全身が鳥肌立つかのような感覚を覚えながら、体を上に乗っている人物からずらす。
そして、黒い羽毛に囲まれた翼を羽ばたかせる。
地面からの跳躍も同時に行う。
日頃の訓練の成果もあってか、無事カラスの姿となり空へ舞い上がることが出来た。
それでも、蓮の顔には喜色の一つもない。
それどころか、絶望の色が広がっていく。
―あぁ、これで本当の終わりだ。目の前で力を使ったんだ。言い逃れなんてできない。
蓮は家の方向を目指しながら、今後のことを考える。
―とりあえず沙耶を連れてどこか遠いところに行こう。
海外はパスポートが無いから無理かもしれないけど、国内ならどこへでも行けるはずだ。
蓮は色々考えながら、家から少し離れた一通りの少ない小道で人間の姿に戻り、自宅へ帰る。
玄関を開けると、沙耶がいた。
蓮は走って沙耶のところまで駆け寄り、沙耶の肩を持つ。
「さ、沙耶。急だけどさ、引越しを――」
蓮は沙耶の後ろの景色が見えてしまい、続きの言葉を紡ぐことができなくなった。
「どうしたのおにぃ? そんなに焦って。それよりもさ、お客さんだよ」
沙耶は開いたままになっている扉の向こう、リビングに置いてあるコタツに座る少女へ蓮の視線を促す。
「やぁ」
転校生の望月 楓が、コタツから控えめに手を振っている。
彼女はニコっと笑う。
―あぁ、最悪だ·····
蓮は天を仰いだ。
蓮の直感は、目の前のこいつが襲撃の犯人だと訴えている。
望月は未だとても機嫌が良さそうに笑う。
初めて見た彼女の笑顔は、とても性格の悪そうなものだった。
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