第5話 爆発寸前
「おはよう、腰とか痛めてない?」
蓮が席に着くと、後ろから声をかけられた。
蓮が後ろを向いて確認すると、望月がニコニコとしていた。
「別に大丈夫だけど、何?」
蓮としては望月に心配されるような覚えはない。
「いやー、昨日少し激しくしすぎたからね。ほら、私が上に乗ったときあったでしょ? あの時ちょっとやり過ぎたかなって反省してるんだよ」
蓮は罠に掛けられた時のことを思い出し、疑問は解決される。
ただ、新たな疑惑が発生した。
「お前、わざと誤解が生まれるような言い方してないか?」
「うん? そんなことないよ」
望月は心外だなーと言いたげな反論をする。
「別に家とかでなら良いんだけどさ、ここでそんなこと言ってたら面倒なことになるんだよ」
ドスドスという効果音が聞こえて来そうなほど威圧的に歩いて来るクラスメイトを蓮は睨む。
「出雲! 転校生相手にちょっかいを掛けないでください!」
ほら来たとばかりに蓮は望月を見る。
「こいつの名前は石田だ。俺にいつもちょっかいを掛けてくる暇な人」
「なっ! 私は暇なんかじゃありません! あなたと違って受験勉強で忙しいんです」
「じゃあ、机に戻って参考書でも眺めとけ」
さっさと帰れとジェスチャーする。
「嫌ですよ! 私は望月さんがあなたに何か嫌なことをされているのかと思って来たんです。ほら、さっきからずっと嫌そうな顔してますよ!」
蓮は望月の顔を見る。
確かに嫌そうな顔をしていた。
―望月は怒らせたら怖いし·····
「本当だな。それじゃあ俺はどこかで時間を潰してくるよ」
そう言って歩こうとすると、肩をグッと掴まれる。
―え、何? めっちゃ痛い。
「出雲くん、そんなことをする必要はありません。石田さん、心配をしてくれてありがとうございます。でも、その心遣いは不要です。というか害悪です。嫌なのはあなたの存在です。どうかお願いですからどこか行ってください」
お願いしている立場とは思えないほど、威圧的に話す。徹底的に上から話していた。
「ひッ。わ、分かった。ごめんね!」
小さな悲鳴をもらした石田は早足でこの場から去る。
どちらかと言うと蓮もこことは違う場所に行きたかった。
兎に角、殺気のようなものを振りまく望月から離れたい。
「カラスくん」
「あ、はい」
その名前で呼ばれても怒る気力は無かった。
「私さ、君が初めて信頼できると思ったんだよ」
「そうなんだ」
ほぼ脅しだったけどな、とは口には出さない。というか出せない。
「私達さ恋人って言ったよね?」
「言ったな」
「じゃあ私からあまり離れないでくれる?」
「·····わかりました」
―なんでこうなった? ビジネスライクはどこ行った?
蓮は途方に暮れた。
◇
「カラスくんってさ、もしかしてぼっち?」
「は?」
思わずそんな声が出た。
終礼を終え、荷物を纏めていたときに望月が声を掛けてきた。
しかも、どんなに好意的に捉えても暴言としか思えない言葉を投げて来た。
「いや、今日一日君のこと見てたんだけど誰とも話さないからさ。もしかしたら·····って思って。今日話しかけて来たの石田さんだけじゃない?」
望月は的確に蓮の心を抉る。
蓮は何とも言えなさそうな顔をしていた。
「あ、もしかして石田さんって唯一の友達だった? それなら私悪いことしたね」
悪びれることもなく望月は言う。
「あれは友達じゃないよ。最近俺のことが気に入らないのか突っかかって来てるだけ。勉強でストレスでも溜まってるんだろ」
「そう? まぁ、どっちでもいいや。カラスくんには私がいるからね」
それはそれで嫌だけどとは口に出さない。
「それで? 俺に軽口を言いに来ただけか。何か他に用事でもあるんだろ?」
「私が軽口を言いに来るのがそんなに変? 君に色々言ったけど私もぼっちなの。ちょっとくらい恋人に話しかけてもいいじゃない。ま、ちょっとした用事はあるけど」
「それはここで話せることか?」
「いや、君の家がいいね。着替えるのも面倒くさいから制服のままでいい?」
「別にいいよ。それに、お前そんなこと気にするようなやつじゃないだろ」
その蓮の言葉に少し首を傾けて望月は笑う。
「私だって彼氏の目の保養を気にしたりするよ。いつも同じ服だったら飽きたりしない?」
「お前はそんなことしなくても綺麗だから気にしなくてもいいよ」
「·····」
蓮は返事をしない望月を不審に思い、望月に視線を向ける。
望月は顔が見えないように俯いていたが、顔が少し赤くなってるのは蓮からも見えた。
―こわ·····
望月を暴力女としか見てない蓮からしたら、頬の赤みは爆発する直前にしか見えない。
蓮は逃げるように下駄箱へと歩く。
望月も少ししたら復活し、蓮の後ろへと着いて行った。
蓮は望月に気を向けていたため認識してなかった。
ポカンとした表情や、妬み、怒りの感情を露わにするクラスメイトの存在を。
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