019.聖国

 時はリーナリアたちがダンジョンを攻略する少し前。


 セレスティア宮殿の一室、重厚な石壁に囲まれた厳かな雰囲気が漂う執務室。中心には大きなデスクが置かれ、その後ろにはアルビオン聖国の聖皇、アウレウス・セラフィムが座っていた。


「エリウス。新しい聖女が誕生しないのはどういうことだ」


「聖皇様。ご存知の通り、無能の聖女、リーナリアの廃棄はすでに実施されております。ですが廃棄が完了すればすぐに新しい聖女が神によって選ばれるところ、未だにその兆しがありません」


 そう答えるのはアルビオン聖国の宗教部門の統括とアルビオン教の枢機卿の地位を任されているエリウス・カリエンテだ。


「そんなことはわかっている。我が聞きたいのは未だに聖女が現れないのか、その理由だ」


 語気を強めるアウレウスに室内が一瞬しんと静まり返る。


「……聖皇様、一つお伺いしたいことがあります」


「なんだ?」


「無能の聖女リーナリアのことです。なぜ彼女を廃棄したのでしょう? 他の罪人どもと同様、処刑してしまえば問題は解決したのではないかと」


 宰相であるヴィクター・フェルナンドがそう疑問を呈する。


 それは知らない人からすれば当然の疑問だ。世界で聖女になれる人数が決まっているのであれば、不要な聖女は殺してしまえばいい。わざわざ廃棄という結果が不透明になることをする必要はないと考えることは論理的には正しい。


 しかしその発言が国の宰相から出たとなれば話は別だ。


 アウレウス聖皇は一瞬の沈黙の後、深い溜息をつく。


「ヴィクターよ。不勉強がすぎるぞ。エリウス。ヴィクターに説明せよ」


「かしこまりました。神から職業を賜った者、いわゆる祝福者ギフテットですが、単に処刑するだけでは新たな祝福者ギフテットは誕生しません——」


 エリウス枢機卿がヴィクター宰相に説明を始める。


 神から祝福を受けた、いわゆる祝福者ギフテットはその最大人数が決まっていて、前任の祝福者ギフテットが亡くなると新たな祝福者ギフテットが割り当てられる。


 例えば聖女であれば世界に同時に存在できる人数が4人と決まっていて、聖女が一人死亡すれば新たな聖女が神に選ばれることになる。


 しかしここで問題となるのが意図的に殺害した場合だ。処刑でも暗殺でもいいが、故意に祝福者ギフテットを殺した場合、新たな祝福者ギフテットが誕生しないことがわかっている。


 今回の例で言うと、リーナリアを処刑、または、暗殺していた場合、世界に存在できる聖女の数が4人から3人に減り、新たな聖女は誕生しなくなる。


 これは元々、7人いた聖女が現在は4人に減ってしまったことからも実証されていた。


 その裏道となるのが廃棄口へ祝福者ギフテットを廃棄することだった。理由はわかっていないが廃棄することで、普通に死亡したときと同様に新たな祝福者ギフテットが誕生することがわかっている。


 他にも裏道はあるが廃棄が一番楽な方法であるため、無能者の処分にはこの廃棄という方法が取られるのが一般的なのだ。


「——よって、新しい聖女を誕生させるために無能の聖女を排除するには廃棄するのが一番簡単だったのです」


「というわけだ。それくらいは知っているものと思っていたのだがな」


「も、申し訳ございません」


「それよりも聖女が誕生しない理由だ。説明できるものはいないのか?」


「す、すでに他の国に聖女が誕生していて、それを国が隠しているということはないでしょうか?」


 失態を挽回するようにヴィクター宰相がそう口火をひらく。しかしそれに対してエリウス枢機卿が反論する。


「それはないでしょう。すでに各国に教会の諜報部員を配置していますが聖女が生まれたという話は入ってきていません」


「それならば、廃棄から無能の聖女が逃げ延びてる可能性は——」


「それもありえません。リーナリア・エヴァンスが廃棄口に身を投げたことは聖皇様が直々に確認されています」


 エリウス宰相は悔しそうに口を閉じた。苦虫を噛み潰したような顔でエリウス枢機卿を睨みつけるがそれだけだ。


「エリウスよ。お主はどう考える?」


「……もしかすると我々の認識が間違っていたのかもしれません」


「どういうことだ?」


「廃棄口の中は未だ未知の領域です。あくまで可能性の話ですが廃棄口の中で生き残るすべがあるのかもしれません」


「ばかな! あの深い大穴だぞ! 落ちるだけで即死のはずだ!」


「しかし、そう考えるのが自然かと。すぐにでも確認すべきかと愚考します」


 アウレウスはエリウス枢機卿を睨みつけるが、彼はその目を涼しい顔で受け止めていた。


「……すぐに新たな廃棄者を用意しろ。まずはその廃棄者を捨てて様子を見る」


「かしこまりました。すぐにでも用意いたしましょう」


 そういうなり踵を返したエリウス枢機卿は執務室を出て行った。それを追うようにヴィクター宰相も部屋を後にする。


「忌々しい無能の聖女め。死んでもなお、我の邪魔をするのか!」


 部屋にはアウレウスだけが残り、リーナリアに向かって憎しみの言葉をあげるのだった。

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