018.ミリスのような何か

「ミリス?」


 声は確かにミリスの声だった。だけど何かがおかしい。ミリスはそんな口調で喋らないし、どこか恐怖心を煽るような声色もしていない。


「はて? ミリス? ああかわいいミリスティアのことかえ? ふむ。なるほどの。もうそんな時期じゃったか」


 ミリスがウェルの腕から離れて宙に浮かび上がった。そのまま防御魔法を壊している黒いモヤの方へ近づいていく。


「ミリス! 危ないから戻って!!」


「少し黙っとれ。時間を稼ぐでの」


 ミリスの突然の変貌に疑問に思いながらもわたしは彼女が進むのを制止しようとする。だけどそれを無視して彼女は黒いモヤに手をかざす。


「お主は止まっとれ。クロノススタシス」


 そう言うと同時に黒いモヤは動きを止めた。いや、静止したといったほうがいいかもしれない。ただ進むのをやめただけでなく、グニャグニャと蠢く線状のモヤまでぴくりとも動いていない。


 あれをミリスが止めたの?


「ミリス? 大丈夫……」


「お前は誰だ!? なぜあいつは動きを止めた!?」


 心配して近寄ろうとするわたしをウェルが止めて、警戒を露わにわたしの前に立つ。


「その問いに答える義理はないのぅ」


 そう言ったミリス、いや、ミリスのような何かはゆっくりとこちらに近づいてくる。


「近づくな!!」


「面倒じゃ。お主も止まっとれ。クロノススタシス」


「……ウェル?」


 ミリスのような何かがウェルに手をかざして魔法を唱える。するとさっきまで大声を上げていたウェルが急に静かになって動かなくなる。


「さて、そこの女子おなごよ」


「……わたしのこと?」


「お主しかおらぬじゃろ」


「……」


「なに。そんなに警戒しなくてもよい。ちょっとあれを倒すのに手伝ってもらいたいだけじゃ」


 そういって黒いモヤに指を差す。やはり黒いモヤは完全に止まっていて動き出す様子は見せない。


「……あれはどうなってるの? あなたは何者? ウェルは大丈夫なの!? ミリスは!?」


「質問が多いのぅ。まああの悪魔とミリスティアは大丈夫だといっておこうかの。悪魔は時間を止めているだけじゃし、ミリスティアは妾が体を借りているだけじゃからの」


 時間を止めている? ミリスの体を借りている? 何をいっているの?


「それは……」


「あー面倒じゃ。手伝うのか手伝わないのかどっちなのじゃ? 妾はお主らにも利がある提案をしているつもりなのじゃが?」


 急に圧が強くなってわたしは気圧されそうになる。


 これ以上の質問は怒りを買いそう。どうすればいい? 確かに彼女が言うように黒いモヤのモンスターを倒すことについては利害が一致してる。それどころか現状のわたしたちだけでは倒せそうもないあれを倒せるなら僥倖だ。手伝った方が得だとは思う。


 でも最後にこれだけは確認しておかないといけない。


「ミリスとウェルは元に戻るんですよね?」


「うむ。約束しようぞ」


「わかりました。手伝います」


 何をさせられるかはわからないけど、ミリスとウェルが戻ってくるなら問題はない。


「なに。肩肘を張らなくてもよい。わたしの合図に合わせて攻撃魔法を放つだけじゃ」


「攻撃魔法ですか? だけどわたしの攻撃魔法は……」


「いいからやるのじゃ。ちょっと待っとれ」


 ミリスのような何かは手を上に広げる。


「クロノスリリース」


 そう魔法、多分魔法名を唱えた。それを皮切りにウェルと黒いモヤが動き出す。


「……動き出しましたけど!!」


「いいから準備をしておれ。タイムリース。今じゃ!!」


 今度はわたしの方に手を向けたかと思うと魔法名を呟いた後合図をしてきた。わたしもすかさず魔法を唱える。


「ラディアントセイバー!!」


 光の剣が現れる。だけどそれは今までわたしが放ってきたものとは違って圧倒的な輝きを放ち、黒いモヤに向かって一直線に飛んでいった。その光は闇を切り裂き、あれの体を貫いていく。嫌がるように激しく揺れながら絶叫をあげる。


 ……強化魔法!? かなり強力! いやそれよりも黒いモヤが身じろぎするのが見えた! 確実に効いてる! これならあいつを倒せる!


「ラディアントセイバー! ラディアントセイバー! ラディアントセイバー!ラディアントセイバー! ラディアントセイバー!!」


 5本の刃が黒いモヤを串刺しにする。あれの体を覆っていた黒いモヤが急速に薄れ、まるで煙が風に吹き飛ばされるかのように消えていく。中から痩せほそった老人のような体が露わになり、そとの光に触れると絶叫をあげた。しばらくジュワジュワと皮膚を焼くような音が続いたかと思うと崩れ落ちるようにして消滅する。


「倒したの?」


 あっけない終わりだった。ホッとして横を見るといつの間にか地面に横になっているミリスの姿が映る。


「リーナリア!! 大丈夫か!!」


「わたしは無事! それよりもミリスが!」


「……リーナお姉ちゃん?」


「近寄るな!!」


 ウェルが警戒を露わに起きあがったミリスとわたしの間に入り込む。そのウェルの形相にミリスはびくりと肩を震わせて「ごめんなさい」と一言だけ呟いた。


「ミリスなのね?」


「ごめんなさい」


「謝らなくていいの。ウェルも警戒を解いて? この子はミリスよ」


「だけど……」


「いいからどいて。ミリスもこっちにきて?」


 近寄ってきたミリスをぎゅっと抱きしめる。ミリスの涙が頬を伝う。


「ごめんなさい」


「ミリスは何も悪くないよ」


「だけどミリスは死神だから。偉い人の死を予言しちゃったから。お父さんもお母さんもミリスのせいで死んじゃったから。ミリスのせいでウェルもリーナお姉ちゃんもみんな死んじゃうから」


「大丈夫。わたしたちは死なないわ」


 わたしはミリスのことを知らない。ミリスの過去に何かがあったかなんて知らない。だけどこんなにも謝らなければならないことをミリスがしただなんて到底思えない。


 なにより今はミリスとウェルが無事だったことを神に祈りたい気分だった。

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