016.黒いモヤ(1)

「それじゃあダンジョンの守護者も倒したことだし、そろそろ守護者交代後の仕事でもするかな」


 ひと通りわたしをからかい続けたあと、ウェルがちょっと真面目な顔に戻ってそう言った。


 そうだよね。いろいろあって忘れてたけどウェルを新しい守護者にするためにダンジョン攻略をしたんだったよね。


「どうやったらあなたは守護者になれるの? 倒したら自動的に交代するわけじゃないの?」


「また呼び方が戻ってる……。でも確かにおかしいな。すでに守護者になっていてもいいはずなんだけど。ダンジョン操作の権限はまだ僕のところにきてないみたいだ」


「そうなんだ……」


 ウェルは眉をひそめ、周囲を見渡した。そして一点、入り口の門の近くにあった結晶を見つめてポツリと言葉をもらす。


「多分あれかな」


「何かわかったの? あの結晶?」


「ああ。多分あれを操作すれば守護者交代の手続きが完了するんじゃないかな。すごい魔力量を秘めてるからね。二人はここで待ってて」


 なるほど。確かにあの結晶がダンジョンの管理機能を司っていると言われればあれだけの魔力を内包しているのも頷けるかも。


 そう考えている間にもウェルが素早く結晶に近づいていって手をかざした。魔力を操ろうとしているみたい。これでしばらくしたらウェルがダンジョンを操れるようになるのかな?


 のん気にそんなことを考えていたらミリスが服の袖を引っ張ってきた。顔を俯かせながらふるふると震えている。


「どうしたの? 大丈夫?」


「ウェ、ウェルが……」


「ウェル? ウェルがどうしたの?」


「ウェルが死んじゃう! リーナお姉ちゃんが殺されちゃう!」


「えっ」


「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」


「ミリス!? 急にどうしたの!?」


 震えてしゃがみ込んでしまったミリスは涙を流しながら何度も謝り続けた。


 どうすればいいかわからなくなる。ミリスが何かに怯えているのだけはわかるんだけど。


「リーナリア!! 逃げろ!!」


 今度は何!? 今ミリスのことで手一杯なんだけど!?


 抗議しようと結晶の方を見るとウェルの体が上下に分たれて宙を舞っているのが目に入った。



 ◇◇◇



 どういうこと!? ミリスが怯えてて、ウェルの体が分断されてて!?


「ウェル? 体が……」


「リーナリア!! 惚けるな!! 早く逃げろっ!!」


 舞っているウェルの上半身がわたしに警告してくる。だけど実感が持てない。


 そのウェルの近くで何かが蠢いた。目に収めて後悔する。結晶から何者かの体が半分ほど突き出していてわたしの方を見ていた。いや、全身が黒いもやで包まれているから顔はわからないはずなんだけど、とにかくわたしを見ていた。えも言えぬ恐怖感がわたしを襲いその場から動けなくなる。


 その存在はわたしに狙いを定めたようだった。グネグネと結晶から体が伸びてきてわたしの方へ近づいてくる。本能が警鐘を鳴らしているけど足がすくんで動くことができない。


「くそ!!」


 ウェルの上半身が血を大量に垂らしながら黒いモヤに黒い波動を放った。あれは中ボスモンスターを消し去った波動の攻撃。それは黒いモヤにぶつかって……。一度吸収した後ウェルに跳ね返した。ウェルの上半身が蒸発していく。


「ウェル?」


 ウェルが、死んだ?


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」


 ミリスの呟く声が聞こえる。そうだ。今は考えてる時間はない。ミリスを連れて逃げなければ。


 こわばっていた体は少しだけ動くようになっていた。わたしはミリスを抱き抱えてあの黒いモヤのいる方向とは反対に走り出す。


「ディヴァインウォール!!」


 あれとわたしたちとの間に全力のディヴァインウォールを展開する。しかしあの黒いモヤは2、3度ディヴァインウォールを攻撃するとすぐに壊してわたしたちに近づいてくる。


「無事か!?」


「ウェル!? 大丈夫なの!?」


「僕は悪魔だ。あれくらいじゃ死なない。それよりもあいつをどうするかだ」


 ウェルがミリスをわたしの代わりに抱き抱える。さっきまで徐々に縮まっていた黒いモヤとの距離が今度は少しづつ離れていく。


「動きはそんなに早くないみたいだな」


「あれはなんなの?」


「このダンジョンの本当の守護者だ」


「本当の守護者?」


「ああ、〈深淵の囁き〉の守護者があんなに弱いわけがなかった。ドラゴンロードは本物を隠蔽するためのダミーだったんだ。本来ならドラゴンロードを倒せばダンジョン攻略になるんだろうけど、僕たちは守護者交代が目的だ。だからあいつの逆鱗に触れた。多分そういうことなんだと思う」


「つまりはあれを倒さなきゃいけないってこと?」


 何それ? 無理じゃない?


「ああそうだ。だけど僕の攻撃はあいつには相性が悪いらしい。神聖魔法なら効きそうな気はするけどリーナリアの魔法は大したことがないから多分ダメだろう」


「そんなのどうすればいいの?」


「幸いあいつの速さは大したことがない。とりあえず逃げて時間を稼ごう」


「その間に対策を考えるってことね」


「ああ。だけどどれだけ持つか……」


「ここはかなり広いから逃げ回っていれば大丈夫よ……ってなに!? 揺れてる!?」


 ゴゴゴゴ……!! そんな音を立てて今度は地面が揺れ始めた。わたしは思わず立ち止まってしまう。というかさっきから展開が急すぎてついていけないんだけど!


「やっぱりそうきたか」


「何? 何が起こってるの?」


「あいつがダンジョンを操作してるんだ。おそらくは……この部屋を小さくしようとしているんだと思う。僕らを逃さないようにね」

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