015.油断

「まだ、終わらないの?」


 そう独りごちながらわたしはいまだにモンスターの群れに光の剣を打ち込んでいた。


 あれから1時間は軽く経過していると思う。だけど群れは一向に途切れることなく押し寄せてくる。


 モンスターたちは魔法で構築した防御壁を越えることはできないでいるようだった。モンスターが壁に当たるたびに弾かれているのが目に見える。安全性を確保できているのがせめてもの救いだね。今はミリスもここにいるし。


「リーナリア。まだ終わらないのかい?」


 悪魔が冷やかしにやってきた。そのニコニコとした顔にちょっとイラッとする。そんなこと言うなら全部倒してくれればいいのに。


「そうするとリーナリアのためにならないからね」


「心を読まないで?」


「ごめんごめん。それじゃあヒントをあげようか。さっきから単体攻撃魔法ばかり使ってるみたいだけど広範囲魔法を使ってみたら?」


「広範囲魔法? 光の矢みたいな?」


 ちなみに今は光の剣を複数作り出してモンスター達にぶつけている。だから光の矢を作り出せるとしても対して効果は変わらないんじゃないかなと思うんだけど。


「違う違う。僕が教えようとしてるのはそんなちゃっちい魔法じゃないよ」


 発想がちゃっちくて悪かったね!


「聖女には自分より弱いモンスターを一斉に浄化する魔法があるんだよね。セラフィムパージって言うんだけど知らない?」


 ……何それ? 知らない。そんな魔法は見たことないし文献にものってなかったと思う。


 本当にモンスターを一斉に浄化するんだとしたら今のモンスターの脅威は無くなるんじゃない? かなり強力で便利そうな魔法だ。……ほんとにこの悪魔はなんでそんなことを知ってるんだろう。


「その様子じゃ知らないみたいだね。まあターンアンデットのモンスターバージョンだと思えばわかりやすいかな?」


「確かにそう言われれば想像はつくけど」


「いいからやってみなよ。リーナリアだったらできるから。それともこれまでみたいに光の剣でちまちま倒す? 僕はそれでもいいけど、ミリスは違うんじゃないかな?」


「ミリスは、大丈夫だよ?」


 わたしはミリスの方を見た。強がってはいるけどその顔には疲れが見える。モンスターに囲まれて精神的に疲れてしまっているのかもしれない。


「わかった。やってみる」


 わたしはモンスターたちを浄化する様子をイメージした。アンデットがターンアンデットで昇天する時と同じように灰になって消えていくイメージ。神聖力を集中させていく。


「セラフィムパージ!!」


 最大出力で魔法出を発動した。わたしを中心として光の波動が波紋となって広がっていく。それはモンスターたちに向かっていき、触れた側からモンスターたちを灰にしていった。


「おーピリピリするね」


 あ、悪魔のことを忘れてた。だけどわたしの魔法では浄化されなかったみたい。結果オーライだね。


「すごいね」


 ミリスが呟いたけどわたしもそう思う。


 さっきまで奥が見渡せないほどモンスターで溢れかえっていた周囲がいつの間にかまっさらな草原に戻っていた。


 さっきまで光の剣で苦労して倒してたのが嘘みたいに簡単に倒せてしまった。もっと早く教えてくれればいいのにとちょっと思った。まあそれを言うとまたなんだかんだと反論されるだろうから言わないけど。


「だけどこれで終わりね」


「……待って!!」


 わたしが結界を解いたのとミリスが叫んだのは同時だった。



 ◇◇◇



 目の前に巨大なドラゴンがいる。それが今にもわたしの体を喰らおうと迫ってきていた。


 世界が止まったような感覚に襲われる。世界の色が灰色になる。ゆっくりとドラゴンがわたしに迫ってくる。逃げようとするけど体が思ったように動かない。


 あーこれは死の間際の感覚なのかな。やっぱり死ぬ運命には抗えなかったのかな。やっとウェルとミリスに会えて楽しくなってきたのにな。そういえばミリスは大丈夫かな。わたしの近くから離れていたらいいけど。


 思考だけが目まぐるしくわたしの脳内を駆け巡る。


 ドラゴンの顎が迫ってくる。わたしの視界がぼやけていく。



 ◇◇◇



「詰めが甘いね。リーナリア」


「え?」


 聞き覚えのある声が聞こえてきた。次第に視界がはっきりしてきて世界の色が元に戻っていく。


 目の前にはウェルがいた。その額は赤い血がべっとりとまとわりついている。


「血が……」


「ああ。これ? 僕の血じゃないから大丈夫だよ。倒したドラゴンロードの血だから。流石に僕も助けるのがギリギリになっちゃったからね」


「ドラゴンロード?」


「そう。最後に隠れて攻撃の隙を窺ってたみたいだね。守護者のボスのくせにせこいことするよねー」


「リーナお姉ちゃん大丈夫?」


「うん。大丈夫。ウェルが助けてくれたから」


「だけどリーナリアも油断しすぎだね。最後の最後が一番危険なんだから気をつけてほしいよね」


「そうね。ごめんなさい」


 急にそこで静かになった。みると二人が顔を合わせて困惑顔をしてる。


「急にリーナリアが塩らしくなった。なんかあった? それに……」


「お姉ちゃん。ウェルのことウェルって呼んでる」


「だよね。聞き間違いじゃないよね」


 しまった。油断した。死ぬかと思ってたからつい名前を言ってしまった。


 ウェルがニヤニヤしてわたしの顔を見つめてくる。わたしの顔は赤くなってしまってるに違いない。でもここで目を逸らしたら負けな気がする。だから逸らさない。


「これは、僕もリーナリアのことリーナって呼んでいいってことかな?」


「……好きにして」


「リーナがデレた!」


「デレたってなに?」


「最初は冷たくて厳しい態度を取っている人が、あるきっかけで優しく甘い態度になることだよ」


 説明しないで! ミリスの無邪気さが今だけはちょっと憎い。


 それからしばらくのあいだウェルはわたしのことをからかい続けた。

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