013.悪魔の講義

 悪魔はさっきわたしの結界を壊した黒い波動をモンスターに向けて解き放った。それはモンスターにぶつかると体を覆う甲殻が崩壊していき、跡形もなく消え去っていく。


 それを見てペタリと座り込んだ。


 悪魔とミリスは空中から降りてきてわたしの方へ向かってくる。


「やっぱりこの結界は僕には壊せないね。お疲れのところ悪いんだけど結界を解いてくれる?」


 結界を解くと悪魔から降りたミリスがわたしに駆け寄ってくる。


「リーナお姉ちゃんお疲れさま!」


「ありがとう! ミリス」


 ミリスの笑顔が癒しだよ……。


「リーナリアの結界魔法はかなりのものだね。それに比べると攻撃魔法が弱かったけど。まあ、攻撃を防いでくれるだけでもありがたいから及第点かな?」


 それに比べてこの悪魔は……。好き勝手言いたいことを言ってくれるね。


「及第点って……。そもそも急にモンスターの前に放り出されたこと、許さないから」


「君は直感で学ぶタイプだからね。理論的に教えるよりも体に覚え込ませるほうが早いんだ」


 悪魔は涼しい顔だ。


「わたしだって理論的に考えられますけど!?」


 馬鹿にされているようでムカつく。わたしだって考えて……。あれ、考えてきたことあったかな? 今まで神聖魔法を使ったときも感覚のままに使ってきたような気がする……。


 聖皇様に酷使されてきたから考えてる余裕はなかった。そう思いたい……。


「じゃあその理論的な頭は次の特訓で発揮してもらおうかな」


 ニヤニヤ笑う悪魔の顔を見て、わたしは少しの不安を覚えたのだった。



 ◇◇◇



 特訓という名の虐待を経験した後、わたしは悪魔からさらなる特訓を受けていた。といっても、今度は急にモンスターの前に放り出されるような無茶な特訓ではなくて悪魔による講義のようなものだけど。


「さて、リーナリア、今度は神聖魔法の本質と応用について詳しく講義をしようか。神聖力を効率的かつ精密に扱う方法について学ぶことが重要だからね」


「それより気になるんだけどその格好は何?」


 いつの間にか服装が白衣に変わり、メガネをつけているのが気にかかる。あれどこから出したんだろう?


「そんなことはどうでもいいよね。それより話の続きだけど、まず、なぜ神聖力を一気に放出することで詠唱を省略できるのかについて説明しようか。神聖力は本来、精神集中と詠唱という二重のプロセスを経て発動される。だけど、神聖力の本質は魂のエネルギーと直結している。そのため、意識と神聖力が完全に同調する瞬間、詠唱という媒介を必要としなくなる」


「うーん?」


 言いたいことはわかるような? いやごめん。見栄を張りました。わかりません!


「具体的には、神聖力のエネルギー場を一気に開放することで、詠唱が行うエネルギーの誘導を省略できる。これは、いわば意識が神聖力の波動と共振し、エネルギーを瞬時に具現化させる現象だね。……っと、ここまでついてこれてる?」


 うん。はっきり言おう。ちんぷんかんぷんだった。


 その後詳しく話を聞いたところ、エネルギーが魂の波動とピッタリ一致すると無詠唱で魔法が発動できて、神聖力を一気に開放する、つまり最大出力で放出すると魂の波動とピッタリ一致することがわかっているらしい。だから最大出力で発動した結界魔法は詠唱なしで発動できたということみたい。


「あれ? でもそうしたらなんであの時攻撃魔法が発動できたの?」


 2回目はともかく1回目の攻撃魔法を放ったときは最大出力じゃなかったと思うんだけど。


「それはリーナリアのセンスかな? たぶん結界魔法を無詠唱で発動した時に感覚を直感で覚えたんだと思う。偶然という可能性もあるけど。これは次に話す無詠唱の精密操作に関わることなんだけどね」


 えー。まだ続きがあるの? もうお腹いっぱいなんだけど。


「神聖力を自在に制御して無詠唱を行うには、エネルギーの波動周波数を調整し、必要なエネルギー量を最適化することが求められる。まずは神聖力の一点集中についてだけど……」


 まだまだ話は続くみたい。ある意味でモンスターに追われるよりも無茶な特訓かもしれない……。


 ふと気になってミリスを見ると興味津々の様子で悪魔の説明を聞いていた。あれ、もしかしてわたし、ミリスよりも頭悪い? ミリスはまだこんなに小さい子供なのに。いや、ミリスが天才なんだ。そう思うことにしよう。


 というかなんでこの悪魔はこんなにも神聖魔法にくわしいのかな。謎だよね。多分聞いても「悪魔だからね」とか言ってはぐらかしてくるだろうから聞かないけど。


「……だから心の平穏を保ち、常に高い集中力を維持することが求められる。ってリーナリア? ちゃんと理解してる?」


「……ごめん。聞いてなかった」


「はあ。じゃあ後でミリスティアに聞いておいてね。彼女はちゃんと理解しているみたいだから。よろしく」


「わかった。ミリス、リーナお姉ちゃんに教える」


「え」


 それはちょっと嫌だ……。わたしのなけなしの自尊心が崩壊しちゃう……。


 だけどミリスを見るとすごいやる気になっているみたい。これに水をさすのはわたしにはできないや。



 ◇◇◇



 悪魔に神聖魔法の講義をしてもらった後、わたしたちは数日をかけて最深部を目指してダンジョン内を探索していた。と言ってもボス部屋の場所は悪魔が知っているらしくそれについていく形だけど。本当になんでも知っている悪魔だなーと思う。


 道中はもちろんモンスターに出くわした。だけど悪魔はわたしの練習と銘打って攻撃魔法を使わせてくる。


 意外にもモンスターはわたしの魔法で一撃で倒すことができた。そのことを不思議に思っていると、特訓で対峙した三つ首のモンスター(アルゴスというらしい)はこのダンジョン深層部の中ボスクラスのモンスターだったらしいことを悪魔は教えてくれた。


 それを聞いたとき、〈深淵の囁き〉のボス級のモンスターに傷を負わせたんだから誇ってもいいのでは?とちょっと思ったんだけど、それを悪魔に気取られたのか、


「そのレベルの攻撃魔法じゃダメだから」


と言われてしまった。


 ちなみに攻撃魔法の練習は続けているけど、悪魔いわく、全くよくなる兆しはないらしい。まあ元々使えなかったくらいだし攻撃魔法の才能はないんじゃないかとわたしは思ってる。


 ああ、それと結局あの後悪魔の講義で聴きそびれてしまったことをミリスに教えてもらった。結果から言うとミリスに教えてもらうのは大正解だった。なぜならミリスの教え方が上手だったから。


 結論から言うとあの講義で重要なことは3つ。


 一つは神聖力のエネルギーの収束。これは、エネルギーの密度を高めることで、普通に最大出力で放出するよりも高い効果を発揮するみたい。これには精神集中の深度を高めて、意識の精度を向上させることで実現可能なのだとか。


 次に波動制御。神聖力の波動については無詠唱の講義にも出てきたけど、さらにその波動は細かく操作することが可能らしい。これによりどのような出力でも無詠唱が可能になるのだとか。これの実践はかなり高度な心の安定性と精神の鍛錬が必要みたい。


 そして最後は意識と神聖力の共鳴。共鳴することで無詠唱ができるのは悪魔から聞いていて知っていたけど、さらに魔法の出力を上げる効果もあるみたい。これにも深い瞑想と精神修養が必要なんだって。


 悪魔が言うに、なぜかはわからないけど、わたしはすでに波動制御と共鳴はできてるみたい。だからあとはエネルギーの収束を実践するだけなんだけど精神集中の深度を高めるっていうのがまだ理解できていないからかうまくいっていない。


 これができるようになると神聖魔法の出力がさらに上がるらしいからできれば覚えたいところなんだけど、現実はそんなに甘くないみたいだね。



 そんなこんなしている間にわたしたちはダンジョンの最深部に到達したらしい。


 目の前には巨大な扉がそびえ立っている。その扉は、古の文字や紋章で装飾され、まるで自らの存在を誇示するかのように多大な存在感を放っていた。


「すごく大きな扉……」


 ミリスが驚いたように言う。かく言うわたしもこんな扉の先に入っても大丈夫なのかと小さな懸念を覚えていた。


「この先に守護者がいるけどどうする? 今ならまだ引き返すことはできるけど、入ってしまえば戻ることはできないよ」


 悪魔がわたしに警告する。


「……入る」


「ミリスも入る」


「……危ないから待ってて、と言いたいところだけどここに一人で残すのも不安ね。それにこれはミリスとわたしの平穏のためだもの。一緒に乗り越えなくちゃ」


「そこに僕を入れてくれないのがリーナリアらしいね」


「あなたはどこでも暮らせるでしょ」


「まあね。あ、でも今はリーナリアを守られなきゃ存在が消されちゃうけどね」


 あー。そういえばそうだった。むしろ危険な目にあわされたりしてたから忘れてたけど。


「それならわたしを守ってよね」


「もちろんさ! それじゃあ扉を開けるよ」


 巨大な扉は悪魔によって少しずつ開き始めた。


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