010.これから

「そうだ。ミリス。お腹空いてない?」


 きゅ〜キュるる


 ミリスに聞いたのと可愛らしい音がしたのはほぼ同時だった。


 ミリスは顔を赤くして恥ずかしそうにしている。


「ごめんなさい」


「なんで謝るの? それよりご飯にしようか?」


「一旦ここからは離れたほうがいいと思うけどね。 モンスターが血の匂いに誘われてこないとも限らないし」


 悔しいけど悪魔の言っていることは正しかった。それにわたしはもう慣れちゃってたから忘れかけてたけど、モンスターの死骸の近くで食事するのはミリスの精神衛生状良くなさそう。


「それじゃあ、安全なところまで案内するよ」


「……どういう風の吹き回しですか?」


「いや、思ったんだけどね? 僕がどんなに関わらないようにしようとしても、リーナリアが無茶をするなら意味ないって感じ始めたんだよね。だったら最初から協力的にしておく方が余計なエネルギーを使わなくて済むし、リーナリアの好感度を稼げるし一石二鳥かなって」


 わたしがじゃじゃ馬みたいな言い方をされるのは心外だけど手伝ってくれるならまあいいかな。


 好感度云々はもう手遅れだと思うけど。


「じゃあ、安全なところまでお願いします」


「お願いします」


「オーケーオーケー。ついてきてよ」


 わたしとミリスは先頭を歩き始めた悪魔についていく。


 普通だったら悪魔についていくなんて地獄に連れて行かれるようなものだけど、たぶんこの悪魔なら大丈夫。


 そう思い始めている自分がいて、随分と毒されてるなーと思うのだった。



 ◇◇◇



「ついたよ。ここならモンスターもしばらくこないし安全だ」


「それじゃあ早速ご飯にしましょ」


「今更だけど食べ物なんて持ってたっけ? 食べ物どころか何も持ってないよね?」


 悪魔が当然のように話しかけてくる。私はミリスにしゃべってるんだけど?


 わたしは返事のかわりに呪文を唱える。


「神聖なる光よ、我が求めに応じて聖餐をもたらせ。ホーリーコミュニオン」


 わたしが差し出した手にパンが現れる。


 そう。これは食べ物を出す神聖魔法。パンやワインなどを召喚することができる。と言っても今はパンしか出さないけど。ワインはミリスにはまだ早いからね。


 悪魔が感心したように頷いている。その様子に私は少し得意げになる。


「じゃあ、これはミリスのね?」


「いいの?」


「もちろん! そのために出したんだから」


「ありがとう」


 ミリスはおずおずとパンを受け取ると一口かじる。


「……美味しい」


「よかった! はい。足りなかったらまた出すから言ってね?」


 よほどお腹が空いてたみたい。最初は遠慮するように少しずつ食べていたミリスだったけど、今は出したパンがすごいスピードで消えていってる。


「あとこれはあなたの」


「え? いいの?」


「いらないならいいけど」


「いや、もらうよ。ありがとう。宝物にして永久に保存する」


「え。嫌なんですけど。食べてください」


「えー。わかったよ。いただきます」


 悪魔がパンを口に入れようとしているのをみてホッとする。流石に冗談だと思うけど永久保存とか言われるとちょっと気持ちが悪い。


「うん。美味し……ごぼっ!!」


「え?」


 食べたところで悪魔が血を吐き出した。悪魔の血も赤なんだなーと現実逃避しかける。


「大丈夫なの?」


「大丈夫大丈夫。これが普通だから」


「どこが!? 食べ物を食べて血を吐くのが普通なの!?」


 血を吐きながら食事をするのが悪魔の普通なの!? 流石にそんなことはないよね!?


「ああ、違うよ。普通は食べ物を食べて血を出したりしない。そもそも食事とかいらないしね。これは神聖魔法の詰まった食べ物を食べた影響さ。悪魔に神聖魔法は相性が悪いからね」


 血をダラダラと垂らしながら説明をする。いやだったらなぜ食べた? しかもまだ食べようとしてるし。


「だったらなぜ食べたの……」


「せっかくリーナリアがくれたものだからね」


「知ってたら渡しませんでした」


「だと思ったから言わなかった」


 意味がわからない。


「仲がいいね?」


 食べ終わったミリスがわたしたちを見て何を間違ったのかそんなことを言い出した。


「だろ? ミリスティアは見どころがあるなぁ」


「いえ。仲良くないです」


「多数決は2対1で『仲がいい』が優勢だね。まあそんなことよりリーナリアも食べたら?」


 そんなことで済まされたくはなかった。なかったけど二人はすでに食べ終わってるし待たせるのも悪い。ていうか悪魔は結局全部食べたんだ……。


「それでこれからどうするつもりなんだい?」


「これから?」


 わたしが食べ終わるのを見計らって悪魔が聞いてきた。


「そう。もしかしてこのままダンジョンで暮らす気なのかな? それはそれで楽しいかもしれないけどリーナリアはともかくミリスティアには過酷じゃない?」


 なるほど。今後の方針を聞きたいってことみたい。わたしは聖国に戻るのは嫌だけどそれ以外はこれといって考えていない。


「とりあえず僕が提示できる選択肢は3つかな? 一つはダンジョンの入り口に向かうこと。もう一つはさっき言ったこのままダンジョンで暮らすこと。最後の一つはダンジョンを制覇すること」


「このままダンジョンで暮らすのはないです。ミリスもいるから。ミリスはどう思う?」


 大人しく聞いていたミリスに問いかける。うーんと少し考える仕草をするミリス。


「お家には帰りたくないけど。リーナお姉ちゃんがいるところならどこでもいいよ」


 ミリスが可愛いことを言ってくれる。というかやっぱり家に帰りたくないのはミリスも一緒なんだなぁ。


「一応言っておくけど、ダンジョンの入り口から出るのは多くの人に見られるから、リーナリアが生きていると聖国に知られる可能性は高いと思っておいて? それで生きてると知られたら多分連れ戻そうとするだろうということも」


「え?」


 それは嫌だ。聖皇様に追われる生活なんて考えたくもない。


「でも、それならダンジョンを制覇するのも同じじゃない?」


 ダンジョンを制覇するとポータルから入り口付近に転送される。それを考えるとダンジョン制覇することも聖皇様に知られてしまいそうな気がする。


「実はそうでもないんだよね。なぜなら僕がいるからね」


「どういうこと?」


「モンスターがダンジョンの守護者を倒すと倒したモンスターが新しい守護者になることができるんだよね。それで新しい守護者になればダンジョンをある程度いじることができる。つまり、二人が過ごしやすい環境を作ることもできる。まあそうすると実質的にはダンジョン制覇ではないかもしれないけどね」


「え?」


 また新しい情報爆弾を悪魔が落としてきた。ダンジョンの守護者が交代する? 環境をリフォームできる? そんなことは聞いたことない。確かにモンスターがダンジョンを攻略するなんてことを検証した人はいないだろうけど……。


「その様子だとまた疑ってるね?」


「うん。疑ってる」


「まあいいけどさ。どちらにしても聖国にバレる可能性があるなら、僕の言ってることに賭けてみてもいいんじゃない?」


 確かに悪魔の言う通りかもしれない。


 なんか、毎回悪魔に乗せられてるような気もするけど。


 でもそうすると新たに解決しなくちゃいけない問題が出てくるよね。


「そもそもダンジョンの守護者を倒せるの?」


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