007.ダンジョン

 悪魔が軽く手を振った。すると目の前の醜悪なモンスターは悪魔の黒い爪によって一瞬にして細切れになった。残ったのは角切りになったモンスターと吹き出す血のみ。


「ちゃんと見てた?」


「見てた! 見てたので降ろしてください!」


 わたしはすごいスピードでここまで連れてこられたことによる酔いと、モンスターが一瞬で肉塊となった恐ろしさとが合わさって吐きそうになる。何も食べてなかったから大丈夫だったけど。


「これで僕が役に立つことは証明できたよね?」


「……そうですね」


 わたしは息を整えながらそう言った。


「じゃあ、リーナリアについていってもいいよね?」


「……そう、ですね」


 本当は嫌だったけど、悪魔の強さを疑うという、ちょっと大人気ないことをしたという負目から悪魔の行動を容認することにした。それにこの悪魔、あんまり怖くないし。


「悪魔を暴走させないように見張る役目を得たのだと思うことにしよう」


 そう自分に言い聞かせることにした。


「その悪魔っていうのやめない?」


「何がですか?」


「僕にはウェルっていう名前があるからね。そう呼んでほしいな? あと敬語もなしで」


「え? 嫌ですけど」


「えー。これからずっと一緒なんだからいいじゃん。これじゃ仲良くなれないよ」


「仲良くする気はないです」


 ウェルと名乗る悪魔はぶーぶーと文句を言い始めた。


 なぜこの悪魔はこんなに親しげなのかがわからない。聖女と悪魔は生来相反する存在なのに。手を取るなんてあり得ないのに。


 ……もしかしてわたしは聖女だと思われてない? だから契約で縛られているというのに平気そうなの? だから仲良くなろうなんて平気で言えるの?


 そう思うと悲しい気持ちになった。聖女になりたくなかったと言ったわたしが聖女と思われていないことで悲劇的になるなんて矛盾してるけど。


「どうしたの? お腹でも空いた?」


 能天気に聞いてくる悪魔が憎らしい。


「別になんでもないです」


「そう?」


「それにしてもここは何処なんでしょう?」


 気を紛らわすために話題を転換した。もちろん、廃棄口の中だということはもうわかってる。だけどモンスターが現れたり、薄明かりが漏れていたり。


 まるでダンジョンみたい……。


「ダンジョンだよ」


 心の中をのぞいているかのように悪魔が言った。


「ここは人族が〈深淵の囁き〉と呼ぶダンジョン。その深層部だね」


「……それはあり得ないです」


 深淵の嘆き。それは世界最難関と呼ばれる7つのダンジョンの内の一つだ。それは今は亡きゲルナン帝国の跡地にある広大なダンジョンで未だ上層から下層までしか探索されていないと言われる未到のダンジョン。


「ここは間違いなく〈深淵の囁き〉だよ」


「だけど、わたしを廃棄した聖国アルヴェリアと旧ゲルナン帝国まではかなりの距離があります。いくらダンジョンが広大だといってもその距離を超えるほど広くはないはずです。だからここが〈深淵の囁き〉だというのは地理的におかしいです」


「それは正しいね。〈深淵の囁き〉は聖国にはないよ」


「だったら……」


「廃棄口は世界中に設置されているのは知ってる?」


「それくらいは知っています」


「じゃあそれぞれの廃棄口は時空が歪められていて一つの出口に集まっていることは?」


「……どういうことですか?」


「すべての廃棄口はリーナリアが落ちてきた場所に繋がってるってことさ」


 驚きと疑いの気持ちが湧いてくる。


「なぜ、そんなことが?」


「それがこのダンジョンのコンセプトだからね」


「コンセプト?」


「そう。廃棄者を殺してエネルギーを喰らうのが〈深淵の囁き〉というダンジョンのコンセプトさ」


 酷い。わたしはそう思ってしまった。廃棄される苦しさの後にさらにモンスターに殺される苦しみを味あわされるなんて。


 だけどそれと同時に疑問も湧いてくる。


「なんであなたはそんなことを知ってるんですか?」


「そりゃ、悪魔だからね。それくらい知ってるさ」


 それは理由になってない。


「何? 疑ってる? じゃあ廃棄口の出口に戻ろうか。ちょうど廃棄者が出たところだから。これで僕の言っていることが正しいって嫌でもわかるでしょ」


「え? それって大丈夫なの?」


「お、やっと敬語じゃなくなったね! そのまま名前も言ってみよう!」


「大丈夫かどうか聞いてるんだけど!?」


「もうすぐモンスターに襲われるだろうね」


 何が嬉しいのか、悪魔は楽しそうに笑っている。


 まずい。急がないと! その人がモンスターに襲われちゃう!


「急いでそこまで連れてって!」


「はいはい! じゃあまた抱き抱えますよっと」


「うわっ」


 悪魔はまたわたしを抱き抱えて廃棄口に向かって飛び出すのだった。

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