005.悪魔
「ボクはウェル。悪魔だよ。よろしくね。リーナリア」
世界が壊れる音がした。
知りたくない、認めたくないと思っていたけれど、彼の口から悪魔という言葉が発せられたことで現実を突きつけられた。
悪魔。それは現世に現れては人類を危機に貶める人類の敵。悪魔が地上に現れると街や都市などは簡単に滅んでしまうという災厄級のモンスター。
特に有名なのは、100年前に現界したという公爵級の悪魔。その悪魔は大国であるゲルナン帝国とその周辺十数の小国を滅ぼして姿を消したと言う。教会の定める最大の神敵。
「……悪魔が、なんでここに?」
声を絞り出した。きっとわたしの顔は青ざめているに違いない。
「なんでってリーナリアが助けてっていったんじゃないか」
確かにモンスターに殺されそうになったときに「助けて」と言ってしまっていた。今でもなぜ言ってしまったのかわからない。
「では問題です。リーナリアが助けを求めて、僕がリーナリアを助けた。これがどういう意味かわかるかな?」
……最悪だ。悪魔も人を助けることがあるらしいけど、それは善意ででは決してない。助けにはそれに見合う対価がいる。
「わかったみたいだね。これは契約だ。ボクがリーナリアを助ける。そのかわりに、リーナリアはボクに対価を払ってもらう」
せめて名前を言っていなければ、契約を無効にすることができたかもしれない。だけど、迂闊にも本名を伝えてしまった。悪魔はわたしの名前をこれ見よがしに連呼しているのはそのために違いない。
「では次の問題。ぼくが欲しい対価は何かわかる?」
「……わたしの、魂?」
安直だけど悪魔がわたしから欲しがるものなんてそれくらいしか思いつかなかった。悪魔にとって人の魂は自身の成長、進化のために必要な最上級のエネルギーになるから。
「残念。不正解。聖女の魂というのも捨て難くはあるけど、それよりももっと欲しいものがあるんだよね。というか、もしリーナリアの魂が欲しいだけだったらすでに殺してるよね」
さらっと怖いことを言われて、背筋が凍りつく。
「そんなに怖がらないで欲しいんだけどなー。ただのジョークじゃないか。それよりわからない? 僕が欲しいもの」
笑えない。この悪魔はジョークのセンスがないと思う。そもそもなんでわたしは悪魔とおしゃべりをしているんだろう。さっさと逃げ出してしまいたい。
「正解はきみの魔力だよ」
「……魔力ですか?」
意外な答えに一瞬怖さを忘れた。
「うん。魔力」
「わたしに魔力があるんですか?」
「あれ、そこから?」
わたしは一応、聖女だ。そして聖女の力である神聖魔法は魔法と名前がついているけど魔力ではなく神聖力を使う。だから魔力については気にしたことがないし、そもそも持っていないと思ってた。
「もしかして気づいてなかったの? これだけの魔力があったら大賢者にも大魔女にもなれちゃうレベルで魔力量が多いんだけど……」
「気にしたことありませんでした」
「黒髪なのに?」
確かにわたしの黒髪は魔力と親和性が高いと聞いたことがあるけど。
「わたしには関係ないことかと思っていたので」
「あー、リーナリアは聖女だったんだっけ?」
「はい」
「ふーん。そんなもんか。だけどやっぱりすごい魔力だ。これならさっき助けた分の対価も一括で払い切れるかもしれないね。それでどうする? 一応、リーナリアには選択権があるよ。魂を対価とするか魔力を対価とするかのね」
そんなの選択のうちに入らないんじゃないかな? だって魂を対価としたらわたしは廃人になってしまうんだから。
「……ひとつ質問いいですか?」
「もちろんいいよ」
「魔力を対価とした場合、わたしに何か不都合はありますか?」
「もちろんあるよ。きみは魔力を使った魔法が使えなくなるし、魔力を使った身体操作とかもできなくなるね。あとはリーナリアを助けた分の魔力が回収できるまでは契約が続くことになるね」
うーん? わたしは魔力を使った魔法なんて使ったことないし、身体操作なんてもちろんしたことない。もしかしてわたしにデメリットはない?
「……契約が続くとどうなりますか?」
「僕とリーナリアにパスが繋がって、リーナリアの魔力が回復すると同時に僕が回収することになるね。ああ、パスは他の人には見えないから安心していいよ」
「なるほど。いやでも、悪魔と契約するなんて……」
「神の意に反する、かい? だけどすでに僕は対価を差し出しているから契約することは確定だよ。それを反故にする方がそれこそ神の意に反すると思わない?」
確かにそうかもしれない。それにわたしは神に見捨てられてるんだ。今更気にしてもしょうがないのかもしれない。
「……わかりました。魔力を対価に契約します」
「ふふ、では早速始めようか。手を出して?」
わたしは悪魔から差し出された両手を繋いだ。
すると足元から魔法陣が浮かび上がり、光を放ち始める。
「魔大公ウェルがリーナリア・エヴァンスと契約を結ぶ。ウェルがリーナリアを守護し、その対価としてリーナリアの魔力をウェルが貰い受ける」
魔法陣の光が強まりわたしたちを飲み込んでいく。繋いだ両手の甲に紋様が刻まれていく。
わたしの中で冷たい何かが全身を巡り、両手から悪魔にながれていっているのが感じられた。
これが魔力? でもこれって……。
「これが魔力、ですか?」
「そうだよ。これが魔力だ。なに? 今更惜しくなった? それでも返してあげないけどね」
「いえ。そうじゃなくて……」
「それにしても思っていたよりも魔力が流れる勢いが強いね。まあ嬉しい誤算だけど」
◇◇◇
そこからしばらくの間、わたしと悪魔は契約が完了するのを待っていた。もうだいぶ長い時間が経っていたけど、魔力の流入は一向に途切れそうにない。
さっきまで不敵な笑みを浮かべていた悪魔だったけど、次第にその顔色が変わり始めていることにわたしは気がついていた。
「これは、どういうことかな?」
「何がですか?」
「リーナリア。君の魔力が無くならないのはどうしてかな」
わたしは悪魔の言っていることが分からなかったため首を傾げる。
「さあ?」
「これだけの魔力を持っていて気づいてないのか」
悪魔の顔が驚愕の色に染められた。額からは冷や汗が流れ始める。
その間にも魔力は絶えることなく流れていく。
「そんなことが? くそ! 止まらない……!」
悪魔が何かに耐えきれなくなったように膝をついた。
「大丈夫ですか!?」
つらそうにする悪魔を見てついわたしは声をかける。
「もう……無理だ……」
そういうと悪魔は繋いでいた手を自分から離して地面に倒れ込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます