004.青年
「聞こえてるかい? 聞こえてたら返事をしてほしいんだけど」
青年の赤金色の瞳がほんの数センチのところで覗き込んでいた。
「……近いです!!」
驚いて、思わず彼のそばから飛びすさる。
「その反応はちょっと傷つくね」
青年は言葉とは裏腹に気にした様子もなく笑いながら、埃を払うようにパンパンと服をはたいた。その黒の燕尾服は白いシャツ、彼の赤金色の瞳とコントラストとなって絶妙にフィットしている。
「モンスターは……」
「僕が倒しておいたよ」
青年の背後に視線を外すと、さっきまでわたしを追いかけていたモンスターが上下に分かたれて横たわっているのが目に入る。もしかしなくても彼がモンスターを倒したみたい。
「あの、ありが……」
「あ、そうそう。これ。キミのね?」
おもむろにポケットから取り出した何かを投げ渡してきた。キャッチして見てみるとそれはわたしの左手。そういえば斬られたんだった。感謝の気持ちとぞんざいに扱われてちょっと腑に落ちない気持ちが同時に湧いてくる。
「ありがとうございま、す?」
「どういたしまして?」
疑問形で返されたのがわたしの気持ちを見透かしているようで、なんとなくもやっとした。だけどこの人は恩人だしなあと思い直して気にならなかったことにする。
「神聖なる光よ、我が声に応じて、清浄なる光で傷を洗い浄めよ。ホーリーヒール」
彼はわたしが詠唱するのをじっと見つめていた。
「ふーん。神聖魔法ね。手をくっつけることもできるんだ?」
「……まあ、これくらいは」
一応、廃棄されたとはいえ聖女ではあるのでくっつけて治すことはできる。欠損は治すことはできないけど。
「人は神聖魔法に頼らないと回復できないのが面倒だよね」
あなたも人では? そう口に出そうになるのをグッと堪えて、近くで回復するのを見ている青年のことを改めて眺める。
中性的な美形と言うのかな? キラキラとした大きな瞳に長いまつ毛。毛穴ひとつなさそうな肌は健康的で、唇がうっすら赤く艶やか。髪の毛は綺麗な銀髪でその横からは2本のツノが生えていて……。
「ツノ?」
思わず口から出てしまった。なぜなら青年の頭の横から黒くてカーブのかかったツノが生えていたから。さらに彼の後ろを見ると、細くて先が尖った尻尾とコウモリのような羽が覗いていた。
「……あなたは、獣人の方ですか?」
「んー? そう言うキミは?」
「わたし、ですか?」
「うんそう。尋ねるときは自分からじゃない?」
確かにそうかも。驚いてつい聞いてしまったとはいえ不躾だったかもしれない。
「リーナリア・エヴァンスといいます。人族です」
「へー。リーナリアね。もしかして聖女だったり?」
「……一応そうです」
「そうなんだ。意外だね」
意外。その言葉にズキリとした痛みが走った。
少しの間忘れていた嫌な記憶を思い出す。民衆の罵倒や聖皇様の言葉。そして無能として捨てられたこと。
わたしは聖女として無能だと言われ捨てられたのだ。ここ廃棄口に。
「……あれ?」
そうだった。ここは廃棄口だ。それなのに。
「なぜここに人がいるの?」
わたしと同じ廃棄者? だけど、前の廃棄者はすでに全員亡くなっているはずだし、わたしと同時期に廃棄者が出るとも聞いてない。それに彼が廃棄者ではないとわたしの直感が囁いている。
それなら先住者? それも違う。あんなモンスターがいる環境で普通の人が暮らせるとは思えない。
青年はニヤリとした顔でわたしを再度みつめてきた。その顔はいまだに彼のことがわからないわたしをおちょくっているようで……。
いやもう分かってる。彼は獣人なんかじゃない。だけど認めたくない。
「次はボクの番だったね」
彼の頭の横から生えるツノは何なのか? 後ろから覗く細く尖った尻尾は何なのか? 黒い翼は何なのか?
そんな人型の生き物なんて。
いやだ! 聞きたくない!
「ボクの名前はウェル。悪魔だよ。よろしくね。リーナリア」
やっぱり神様はわたしを見捨てたに違いない。
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