002.廃棄口の中
ポチャン、ポチャン。
そんな音を聞きながら目が覚めた。眠ってしまっていたみたい。体を起こして座りなおすと、まだ薄くぼやけた視界の先には大きな通路が続いているように見える。
ここは……?
次第に視点がはっきりと定まってきた。横の壁に目を向けると、そこには奇妙な形状の鍾乳石が垂れ下がり、静かな光沢を放って幻想的な雰囲気を醸し出していた。奥を見ればやはり通路が続いていて、しかも、幾重にも枝分かれしているのが見て取れる。
洞窟の中?
どうして洞窟にいるのかな? 考えるように上を見上げると、そこには奥が見通せない真っ暗な大穴がぽかりと口を開けていた。
わたしはまだ半分寝ぼけている頭を懸命に働かせて、
「廃棄口の、中?」
たどり着いた考えに思わず呟いてしまった。
なぜならそれはわたしの知っている常識と異なっていたから。廃棄口はただ人を捨てるための穴で、捨てられた人は死ぬだけだと考えられていたから。
そもそも廃棄口は世界中に存在していて廃棄者を捨てるために使われている。
廃棄口の確かに大部分が謎に包まれているけど、少なくとも廃棄された人は生きているとは思われていない。
人が廃棄口に捨てられると、その廃棄者と同じ職業を持った新たな
それゆえに廃棄口の中に人が生活できる空間が存在していると考える人はおらず、もちろん中に洞窟が広がっているという話も聞いたことがない。
……だけど、今の状況をみるとここが廃棄口の中だと考えるのが妥当なのかもしれない。少なくともわたしが廃棄口から落ちたことは間違いないから。
……そうだった。わたしは無能と蔑まれた挙げ句、廃棄口に捨てられたんだった。不意にズキズキと痛む感覚に襲われる。
頭に手を当ててみたらべっとりと血が纏わりついてきた。傷ができていたみたい。痛いのはこの傷のせい?
「神聖なる光よ、我が声に応じて、清浄なる光で傷を洗い浄めよ。ホーリーヒール」
わたしの頭を暖かな光が包み込んだ。これで傷は治ったはず。
今のは神聖魔法。無能だと言っても一応聖女だから。流石にこれくらいの傷は治せる。
「それにしても」
考えてみたら不思議だった。だって怪我があまりに少ないから。あの穴から落ちて頭の切り傷だけということがある? 奥まで見通せないくらいには深い穴なんだけど。普通に考えたら大怪我どころじゃなく死ぬと思う。 あー死ぬといえば。
「死ねなかったんだ」
廃棄口に捨てられて死ぬのだと思ってた。それが自然だし、それが皆に望まれていることだということもわかってる。
だけど今こうして生きのびてしまった。この状況を知れば、間違いなく聖王様は怒る。聖都の住民たちには罵倒される。
「だけど」
それとは裏腹に生きていたことに安堵してしまっているわたしがいる。
「神様はどうお思いですか?」
つい、無益な問いかけをしてしまう。
もしかすると神様はわたしが第2の人生を送れるように仕向けてくれた? 今までの人間関係を断ち切るために? 戦争のない生活を送れるように?
だとすれば、まだわたしは生きていていいのかな?
神様は人々を救えないわたしを許してくれるのかな? 争いもせず安らかに生きることを許してくれるのかな?
ずいぶんと都合のいい考えだなーということは自分でもわかってる。わたしらしからぬポジティブさ。久しぶりに睡眠をとれたから頭が働きすぎているのかもしれない。
わたしの勘違いかもしれない。でも一度だけ。神様が許してくれたのだと信じてみたいと思った。この一度だけ。
そこまで思考して、先に進もうと立ちあがった瞬間。
ヒュン。
風の抜ける音とともにわたしの左手が宙を舞っていた。
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