廃棄聖女はダンジョンに引きこもる 〜元聖女だけど悪魔を従えて無能とされた廃棄者たちをダンジョンで匿うことにします〜(旧題:廃棄聖女ダンジョン)
Ryoha
1章 ダンジョン攻略編
001.聖女、廃棄される
「……聖女になんかなりたくなかった」
その言葉が口から出た瞬間、自分でも驚いた。
ずっと心の奥底にしまい込んで気づいていなかった本音が、最後の最後になって表に出てしまったみたい。
だけど、一度口に出してみるとすんなりと腑に落ちる。
わたしは兵士に腕を引かれながら、目の前に広がる
これは、神から職業を賜った
そんな廃棄口の深い暗闇からくる冷たい風がわたしの頬を撫でる。
「よりにもよって神から与えられた職になりたくなかったとは……」「やはり、あれは聖女にふさわしくなかったのだわ」「もう一人の聖女様とは天と地の差だな」「最初からわかっていたことじゃないか。だから黒髪はダメだと……」「もっと早く廃棄されればよかったのよ」
あたりから批難の声が聞こえてくるけど今はそれどころじゃない。
一度心の内を吐き出すと、ずっと胸の奥底にしまい込まれていた色々な思いが今になってどんどんと溢れ出してくる。
「静粛に」
厳格な声が響き渡り、あたりはシンっと静まりかえった。聖皇様の声だ。わたしを睥睨するその眼光は獲物を睨む蛇のように鋭く、わたしを串刺しにする。
「さて、無能の聖女よ。聖女としての役割が与えられて12年。お前が役に立ったことがあったか?」
無能の聖女という言葉に心が締め付けられた。12年間、私は何を成し遂げたのだろう。振り返ると、失敗ばかりが浮かんでくる。
「答えは否だ。お前によってどれほどの民や兵士が傷つき、そして死んでいったか。顔が半分なくなった者や心臓を撃ち抜かれた者、はては感染症によって死んでいった者。他にもたくさんの者がお前のせいで死んでいった」
わたしが無能だから。役に立たなかったから。そう思うと、心の底から無力感が押し寄せてくる。
「守れなかった都市はいくつだ? 奪われた村の数は? 退けられなかった神敵の数は?」
聖皇様の声が次々に突き刺さる。そのどれもわたしが聖女にふさわしくないと告げる言葉。そんなことわかってる。わたしは聖女にふさわしくない。
「お前は神の期待に応えられなかった。その原因はすべからくお前にある。努力を怠った結果だ。それが今になって聖女になりたくなかっただと? 言語道断だ」
……でも、それだけじゃないんだ。わたしが聖女になりたくなかった理由はもっと別のところにある。
「……なぜ戦争を仕掛けるのですか?」
言葉を絞り出した。
それはこれまで何度も聖皇様に忠言してきた言葉。
「何度も言わせるな。戦争? そんな低俗なものと一緒にされては困る。これは聖戦である」
「……わたしにはわかりません」
「ふむ。無能の聖女ごときにこの神聖さはわからぬか。聖戦は神からの啓示、すなわち神の意志だ。聖戦に反対することは神を冒涜することと同じ。我々は神のために戦い、そして栄光を得る」
あたりから歓声が広がる。聖皇様を讃えるように。神を讃えるように。
やっぱりわからない。なぜ彼らはそんなにも戦争に前向きになれるの? 戦場が血で染る光景を知らないの? 人がおもちゃみたいに千切れて死んでいく光景を知らないの?
……わたしの方がおかしいの? わたしの方が神の意に反しているというの?
「まあ、今は聖戦のことではなくお前のことだ」
ああ神様。なぜわたしを聖女にしたのでしょうか? なぜこんな未熟なわたしが選ばれたのでしょうか? 他にもっとふさわしい人がいたのではないでしょうか? その人であればわたしが救えなかった人々を救えたのではないでしょうか? その人であれば戦争に心を痛めることもなかったのではないでしょうか? そう思ってしまうのはわたしの逃げなのでしょうか?
「無能な聖女のお前にもやっと役に立つ時がきた。お前が廃棄されることで新しい聖女が誕生するのだからな」
周りから再び歓声が広がった。それもそのはず。わたしがいると次の聖女が選ばれないから。世界に存在できる聖女の数は決まっているから。わたしはいるだけで害をおよぼす邪魔な人間。次代の聖女を誕生させないただのお荷物でしかない。
廃棄口はすでにもう目の前。一歩踏み出せばそこに落ちる。落ちてしまえばもう目を覚ますこともない。これで楽になれる。
穴の底から噴き上げてくる風がまたもわたしを呼んでいるような気さえする。
「これより無能の聖女の廃棄を行う。皆、廃棄口の近くには寄らないように」
神様。これでいいのですか? 無能なわたしは必要ないのですか? 意に反するわたしが死ぬことがあなた様の望みなのですか?
それならわたしはこの身を捧げます。
だけど……。
願うなら、もっと安らかに生きたかったな。
そんな想いは届くことなく……。
わたし、リーナリア・エヴァンスは兵士に押されるがまま、廃棄口に身を投げた。
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