そつぎょう!

第31話 喪失

「こんばんは……」


推しが休止した。


俺は、平凡なリーマン。

最近、可愛い嫁さんと結婚したという点では、平凡ではないかもしれない。


推しとは、応援するアイドルの事。

推し活とは、アイドルを応援する事。

つまり、人生の全て。


いや。

アイドルだけではない。

ちゃんと、妻の事も、推している。

複推しというやつだ。

結婚前にも約束している。

妻を推す時間、家庭に使う時間も確保すると。

あくまで、アイドルの推し活は、趣味として、時間もお金も節度を持って行う、と。


まあ。

そんな訳で、推しは俺の人生の全てである。


推しが休止した。


意外と、俺は平静だった。

微動だにしない配信を、3時間程見続け。

そして、配信を切ると、寝た。

翌日、仕事もした。

帰宅したら、配信は既に終了していた。


そして──


「あれ、モノアちゃん。こんばんは」


後ろから、花音が顔を覗かせる。


「モブさん、花音さん、夜分にすみません」


「どうされましたか?とりあえずお入り下さい」


「はい、ありがとうございます」


ちゃんと手を洗ってうがいするモノアちゃん、偉い。


「すみません……不安で……自宅にいると、沢山の方に見られているような……錯覚を……」


「大丈夫ですよ。うちで良ければ、ゆっくりして下さい」


いや、モノアちゃん、別に住所バレした訳でもないので、大丈夫だと思うけどね。

そもそも、自宅のマンション、文字通り自宅のマンション、セキュリティ高そうだし。


「ありがとうございます、モブさん」


モノアちゃんが、ほっとした様な声を出す。


という訳で。

推しが、うちに住む事になった。


--


何があったかを話そう。


あの日。

同時接続者数は、200万を超えていた。


前回の同時接続者数30人から比べると、実に66,666倍の大躍進。

……なのだけど。


最初、ただ数字がバグっているだけだと思い込み、いつもの様に配信を始めようとして。

待機──配信前から配信枠に来ているリスナーや、挨拶したリスナーの名前を呼ぼうとして──高速で流れる、見たことない名前ばかりのコメント欄を見て気づく。


それでも、名前を呼ぼうとして。

コメント欄に流れる、心無いコメント。

困惑するリスナー達。

そして。

混乱と恐怖に襲われたモノアちゃんが離脱。


そのまま、配信時間上限に達し、自動終了するまで、モノアちゃんが戻ってくる事はなかった。


SNSでも。

毎日欠かさずしていた挨拶が止まり。

ハッシュタグ巡回、リプへの返信、そういったものも一切止まり。

モノアちゃんの存在が、ネットから消えた。


まあ、うちに来たんだけど。


*************************************************************


閲覧ありがとうございます。

閲覧、ブックマーク、応援、コメント、レビュー、励みになります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る