第16話 となりの柿は良く客喰う
「お嫁さんになりたい、ですよね」
あわわんが、懐かしそうに告げる。
正解。
トーク番組で、将来の夢を聞かれた際に、鈴音愛華が答えたこと。
コアなファンの間では有名な話とは言え、正しく答えられる者はほぼ皆無。
他のアイドルが、単独ライブ、役者、映画出演、CD販売数トップ……色々な夢を語る中、出てきた珍回答。
「流石だな。そして慌てて誤魔化す為に続けたのが──ファッションデザイナー」
「はい。誤魔化しに成功したと安堵したあの顔が忘れません。実際には更に微妙な空気になったのに」
みんな、アイドルのベクトルで将来の夢を語っていた。
その中で、アイドルとは関係ない夢を告げたのだから、司会が反応に困っていた。
いや、司会の技量が十分であれば、それでも上手く盛り上げられた筈だが。
「みんなもっと正直になったら良いと思うんですけどね。あの中でも、オシャレな喫茶店を開いた人とか、宝石店を開いた人とかいる訳ですし」
「喫茶店……そういえば沖縄に開いたアイドルがいたな。あの場にいたのか」
宝石店は知らない。
白江さん、良く覚えているな。
あまり話題に混ざってこないけれど、意外と山籠り前からのファンだったりするのだろうか。
「愛華さんは、いつも心から話しておられた気がします」
仮面はつけていたけれどね。
アイドルは、心に仮面をつけるものだけど。
鈴音愛華は、顔は隠して、心は飾っていなかったのだろうか。
そして今は──
山籠り。
それは、心に仮面をつける為だったのかもしれない。
「昔、愛華さんに手紙を書いたことがあるんです。子供だったから、何を書いて良いか分からなくて──祖父の家の柿の話を、延々と書いてしまって」
柿って。
「それを、愛華さんがテレビで話題にされてて。悪い印象ではなく、純粋に食べてみたいって、おっしゃって下さって」
……そういえば、ファンの女の子からファンレターを貰ったとかそんなトークがあったな。
内容までは殆ど覚えていないが。
「この柿が、その柿なのか?」
確かに、旨い。
「はい。結構好評なんですよ」
「なるほど。確かに、硬さと柔らかさが程よいですね。甘く、香りも強い」
「え──」
あわわんが、目を見開く。
ん?
いや、そこまで外れた感想はしていないぞ、白江さん。
俺にはそこまで食レポするような才能はないが。
改めて食べると、正しい評価だ。
硬すぎず、柔らかすぎず、香りが強く、甘すぎない。
「それで──この詩集だけど──」
「えっ!?い、いえ。それは田中さんの宝物ですよね。愛華さんが、田中さんに贈られた、特別な!」
……え。
いや、まあ、そうなんだけど。
「それは正しい。だが、花形を見捨てるのは、きっと鈴音愛華だって」
「花形さんは、絶対に私がなんとかします!!社長と喧嘩してでも!絶対に!!」
ええ!?
なんで、急に前のめりになっている!?
いや、ありがたいけど。
「ありがとう。えっと……泡美さん……?」
「倉敷香織と言います!」
そういえば、そんな名前だったな。
「ありがとう、香織さん」
「いえ、私でもお役に立てて嬉しいです!」
白江さんの手を握った香織が、大きく手を上下に振る。
何でだよ。
さっきの一瞬で何があった。
香織の白江さんを見つめる目は──完全に憧憬の色で染まっていた。
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