第15話 外堀

「……えらく美人だね。驚いたよ。きみに、こんなに美しい婚約者がいたとは」


敵を騙すならまず味方から。

部長に婚約者がいるなんて言うと、後から嘘でしたというのが非常に言いにくいのだが。

部長に真実を告げてしまうと、説得力がなくなるからな。

仕方がない。


というか、奥さんの前で何言ってるんだ、このおやじ。


「まあまあ……本当に美人さんですね。有名なモデルさんとかでしょうか?」


奥さん、あんたもか。


「いえ……一般の会社員をさせて頂いております」


白江さんが、恐縮しながら告げる。


「では部長、娘さんに取り次いで頂けますか?」


「うむ……頼む。あのままでは、会長の娘さんも、花形も……何より、子供が可愛そうだ」


ですよね。


待つこと、しばし。

そして──


「何でしょうか」


警戒心マックスの表情で。

娘さんが現れた。


ふと、白江さんを見て──


「モデルさんですか?お美しいですね」


そう漏らす。

この親にして、この娘有り、か。


だが、白江さんのアドバイスは正しかった。

警戒は緩めてくれた気がする。


「実は──」


事情を軽く説明。

仕事仲間に取り次いで欲しい旨を伝え。


「部屋に」


娘はそう言うと、部屋へと案内する。


「取り次ぐかどうかは、全部聞いてから判断します。父からも頼まれていますし、前向きには検討させて頂きます」


そう告げる。


「有り難い。まず、取り次いで欲しい相手は──海光淡美」


娘さんが、明らかに胡乱な目をする。


「田中さん……私の活動名は父から聞いてますよね?」


あれ。

実は、仲が悪い?

キララ・イブには詳しく無いんだよね……


「ごめん。その──」


やべえ。

娘の活動名覚えてなかったとか、言えない。

所属グループすら覚えてなかったしな。


「海光淡美。それは私の活動名です」


「君があわわん!?流石に覚えておけよ、禿げ狸!」


「父は禿げてません」


うわ、娘さんも心読める系か。


「──失礼。では、事情を──」


資料を取り出す。


「これは……アルティメットさんですね。ちょっと冗談が過ぎますが、そこまで問題は──」


おお。

花形、ちゃんと認知されてるぞ。

良かったな。


「問題は、これが冗談じゃないらしくてな。本当に定期解約したりして、推し活してるらしいんだ」


あわわんが、青い顔をする。


「……それは……困りましたね」


「その……何とか状況を変えられないだろうか。注意喚起するとか、本人に伝えるとか……」


「……まずは事務所と相談ですね。これは、放置して良い問題ではないので」


良し、手応え有り。


「勿論、ただとは言わない。ここに、取引材料がある」


「だから別に何も──」


「鈴音愛華」


「え」


「これは、鈴音愛華のサインが書かれた詩集。しかも、サインだ」


「……山籠り前のサインは存在しない筈ですが……」


言いつつ、興味は引けたようだ。

あわわんが、手を伸ばす。


「……形が……筆跡が違いますね」


そう。

今の世の中に溢れた、今の鈴音愛華とは、異なる筆跡。


「分かりました。対価としては十分です」


よし……取引成立!


ふと、夫人が呼ぶ声。

お茶の用意ができたとか。


もう用事は済んだのが。


「お茶を入れてくれたようなので、良ければ少しお話しますか」


花形の事は、もう語ることはない。

だが、目の前のあわわんは、山籠り前の鈴音愛華のファン。

良いだろう。

俺がまだ衰えていないこと、見せてやろう。

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