第14話 フリーサイズ

「うわ……」


白江さんが、完全に引いた様子で、俺の報告を聞く。


事実だった。

花形のやつ、定期を崩したり、子供の為の貯蓄を勝手に引き出したり……自分の貯蓄も使い果たして……幸い、借金には『まだ』手を出していなかった。


会長は激怒、娘を離婚させようとしたが……娘は花形に完全に入れ込んでいて、会長の指示を拒否した。

花形の方も、離婚する気はないらしい。

……子供が超可哀想……


「どうするんですか?」


「手はある」


俺は、天を仰ぎ見る。

正直、凄く嫌だが……流石に、無視はできない。

花形の事は、正直嫌いだ。

だが……見捨てられる程、俺は冷酷にはなれない。


それに……


ここで花形を見捨てたら……最も大切な推しに怒られる気がする。

この為に……今使う為に、これがある……そんな気がするのだ。


「それは……」


俺が押入れから出してきたもの。

それは、詩集。


アイドル、鈴音愛華。

初期……詩集が、全国の書店で頃の。

会場で、俺はその詩集を──買えなかった。

買えなくて泣いていた女の子。

その子に、あげてしまったのだ。

ああ、買った事は買ったのか。


まあ、それだけであれば、ファンが推しグッズを入手できなかった。

それだけの話なのだが。


その光景を見ていた愛華さんが……マネージャーを通じて、俺に私物の詩集を譲ってくれたのだ。

そしてその詩集には……サインと、メッセージが書かれていた。

俺の、魂より大切な宝物だ。


「花形が入れ込んでいる、海光淡美だが……噂によると、鈴音愛華のファンらしい。しかも、最初期の頃の」


鈴音愛華のサインなんて、世に溢れている。

だが、山籠りの前のサインは……おそらく、ここにあるこれだけだと思っている。


交渉の席には立てる。

その自信がある。


「……そっか。でもさ、どうやって海光淡美さんと連絡をとるのでしょうか?」


そう。

当然、俺に、海光淡美とのコネなんてない。

SNSでダイレクトメールを送っても、怪しいスパムにしか思われないだろう。

だから……


「部長の娘さんが、海光淡美と同じグループに所属するVNIらしい。その娘さんにお願いして、海光淡美と連絡を取ってもらう」


……だから、その娘さんに対する交渉材料も必要なんだが。

それはあれだ……部長に、娘さんの配信を見せるように誘導するとか……そういうので何とかならないかな?

当たってくだけろ、だ。


「……私も行きます」


え。


「そこまで迷惑はかけられないですよ。これは俺の問題なので」


「田中さん……考えてみてください。独身男性が、VNIをやっている女性配信者のところにやってくる……軽く恐怖ですよ?」


「……それは……」


確かに。

変なおっさんが急に来たら怖いよな。


「ですので。婚約者がいる体で行きましょう」


「え?」


婚約者……

いや、探すのは無理だろう。

そういうレンタルサービスでも探すか……?


「私が婚約者のフリをします」


「いや、それは流石に悪い……」


「大丈夫ですよ。私がやりたいからやるんです」


「……白江さん……」


目頭が熱くなる。

本当に……白江さんは、得難い友人だ。

的確なアドバイスに加え……婚約者を演じる事まで。


「これをつけて下さい」


「これは……?」


指輪?


「デザインの練習で作った物ですが、婚約指輪に見える筈です」


「なるほど……」


さすが、ファッションデザイナー。

指輪とかを練習で作るんだな。


「よろしければ貰って下さい。たくさんあるので。私も、それのペアのこれをつけます」


デザインのセンスが素晴らしい。

そして……2つの指輪を見ると、明らかにペアだと分かる。

これが、プロか。


あれ。


「指輪、俺にぴったりだけど、指輪のサイズって結構重要だった記憶があります」


「それはフリーサイズなので、意外と誰の指にも合うんですよ」


すげー。

最近の指輪って色々進んでいるんだな。


「本当に色々ありがとう。ありがたく、使わせて貰うよ」


よし。

これで、幾分警戒を緩められる……筈。

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