第8話 ASAP

「……部長の家に……ですか?」


「ああ。妻が、モノアちゃんに凄く興味を示してな。是非、田中に色々教えて欲しい」


いや、おかしいだろ。

お勧め動画を幾つかピックアップするならともかく。

普通家に呼ばないだろう。


というか今日は、白江さんと約束が……


……


いや、部長と言えば雲の上の存在。

断る訳にはいかない。


部長、知っているか?

立場を利用して何か強制する状況になったら、パワハラって言うんだぞ。


仕方がない。

白江さんに、メッセージを送る。

ごめん、今日は遅くなる、先に寝ていて、と。

鍵は既に渡してある。


ぴろん


スタンプが返ってきた。

可愛い。


というわけで、部長の家に。

……流石に大きいな。


奥さんが出迎え。

美人さんだ。


「入りたまえ」


「はい」


家の中に入ると、丁度、リビングに居た娘さんと目が合う。

モデルさんかな?

美人さんで、スタイルが良く、服のセンスも凄い。


何故か、親の敵を見るような目で睨まれた。

いや、あんたの親は横にいるよ。


「こら、香織!お客に挨拶しろ!」


「……こんばんは」


「こ、こんばんは。初めまして」


ぺこり、頭を下げる。


「部屋、行く」


香織さんは、そのまま階段を登っていった。


「すまないね。アレも年頃でね。俺たちも、何とか娘とうまくやりたいとは思っていてね。今日の事は、その一環なんだ」


んん?

モノアちゃんが?


「香織は、バーチャルネットアイドル、っていう仕事をしているみたいで……娘の事を少しでも知りたいと思っているんですよ」


奥さんが補足する。

いや、それ、娘さんの配信を見れば良いのでは。

というか、さっき俺が親の敵を見る様な目で見られたの、それが原因じゃね?

別のVNIを親に勧めたって、娘にとってNTR気分なのでは。


「娘さんの活動名とか聞いても大丈夫でしょうか?」


「……その……聞いた気はするのだが、頭には残っていなくてな」


「事務所の名前なら、そこに封筒があった筈ですよ」


覚えておけよ、お前ら。

というか、事務所の名前すら覚えてないのか。

……まあ、仕方がないと言えば仕方がない。

VNI業界は、競争が激しい。

事務所の数も膨大だ。

人によっては、頻繁に転生を繰り返すとか。

娘さんも、転々としているのかも知れない。


「ありましたよ。えっと……キララ・イブという事務所ですね」


「最大手じゃねえか。覚えとけよ老害」


娘さん凄いですね!

それ、かなり大手の事務所さんですよ!

所属しているだけで凄いです!


「老害……いえ、その、横文字は苦手でして。ほほほ」


奥さんが苦笑いをする。

うわ、この奥さんも心読める系の人だ。

迂闊な事は考えられないな。


「とにかく、リビングでおくつろぎ下さい。ASAPでお飲み物用意致しますね」


As Soon As Possible可能な限り早くとか使ってんじゃねえ。

何で意識高い系なんだ。


「いえ、お構い無く」


言われた通り、ソファーに座る。

さて……モノアちゃんのおすすめ……そもそも、何を見て、何を見てないんだ?


「これとかは見ておられますか?歌枠リレー、色々な方が順番に動画配信して、リレーの様にするイベントの時の配信です。初見さんを意識、短め、力を入れている、歌の割合が多い……といった特徴が有りますね」


ただし、人によっては自分語り始めたり、独自コール練習させたりします。


「そうですね。とりあえず投稿されている動画は一通り見たのですが」


「俺に何を期待してるの!?何を紹介しても既に見てるよ!」


その時点で、俺にできる事ねえよ!

極端に配信頻度と時間が少ないモノアちゃんだから起きてしまう事故。

帰って良いですかね。


「では、これはどうかね」


部長が動画を選ぶ。

部長が選ぶの!?

俺いらないよね!!


そんな訳で。

部長と奥さんが、交互に動画を選び、感想を言いながら視聴を行った。

それなりには面白かったけれど、今度は断ろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る