第7話 気軽にまた遊びに来て欲しい

「なるほど……これがモノアちゃん……確かに、可愛いですね」


「ああ。だが、ここからだ」


「……歌、うまっ!?というか、別人……いえ、同じ人だけど、声の幅と、演技力が凄いのですね。これは……」


初見で別人と思わないのは、逆にすごい。


帰宅すると、白江さんがいた。

大荷物を持って。


うん、何を言っているか分からないだろう。

俺も分からない。


今朝、別れ際、気軽にまた遊びに来て欲しいと社交辞令を言ったのだが。

帰ったら、家の前に白江さんがいたんだ。

まさかさっそく来るとは思わなかった。


なんでも、家が遠いらしい。

会社からきさらぎ駅までが30分ほど。

そこから家の最寄り駅までが更に1時間ほどらしい。

遠いね。

なので、時々泊まりに来させて欲しいと言われたので、了承した。

大荷物は、お泊りセットや着替え、諸々だ。


今は、俺の日課に付き合わせてしまっている。


「無理に付き合わなくても良いからな」


「いえ、面白いですよ。ただ、私にも時間が欲しいな、って思います」


「時間?」


「はい。私、推し活って問題ないと思うのですよね。人には、たくさん趣味がある訳じゃないですか。それがたまたま、アイドルってだけで。読書が好きな人もいれば、アニメが好きな人もいて、ゴルフが好きな人がいて、アウトドアが好きな人がいいて……夫婦の時間や、子供との時間の他に、自分の趣味の時間とお金の使い方がある。バランスだと思うんです。家庭があって、趣味もある。だから、今日はアイドルを推す、とか、この時間はアイドルを推す、とかで。それ以外で時間を貰えれば、それで良いと思うんです」


ふむ。

白江さんの結婚感か。

特定のお相手がいるのか知らないが……いや、いたら俺の家には来てないとは思うけれど……そういう考え方をしているって事だな。


「明日は一緒に映画を観たいですね」


「映画か……ショッピングサイトのプレミアム会員に登録しているから、付属サービスで映画も見れた筈」


「私も、動画配信サービスは登録しているので、後でテレビに設定しておきますね」


便利な時代になったね。


『大丈夫、──さんは、凄く頑張ってる!モノアが保証するよ!』


ちょうど、リスナーがこぼした弱音に、エールを送っている。


「良いアイドルさんですね」


「ああ。SNSも頻繁にチェックしていて、リスナーを良く励ましている。みんな、モノアちゃんに生きる気力を貰っているんだ」


「VNI、か。面白い仕事ですね」


白江さんが興味深そうに頷く。


「衣装とか、モデリングしてみようかなあ」


ぽつり、と呟く。


白江さんは、大手デザイン会社の社員らしい。


「良いと思う。白江さんのデザイン、凄く可愛かったし」


「本当ですか。それは嬉しいです」


仕事が上手くいっていないと言っていたが。

見せて貰ったデザインは、凄く可愛かった。

VNIの衣装としても良いし……リアルのアイドルの、ライブ用の衣装にも良いと思う。

普段着としては……駄目ではないけれど、ちょっと人目を引くかな。


「アイドルに売り込む路線だと、凄くウケそうな気がするかな。少なくとも、俺は凄く好きだ」


「……なるほど。参考になります」


白江さんが思案気に言う。


モノアちゃんの配信が終わる。

俺は、そっと次のお勧めを再生開始した。

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