第6話 ファンサの価値

おかしい。

どうしてこうなった。


「お邪魔します」


本当にね。

俺の家に、何故か女性──白江さんが襲撃している。


駅周辺の施設ヘの宿泊の提案を、何故か俺の家に泊まると受け取ったらしい。

いや、そうはならんやろ。

もっと男を警戒しようぜ。


「散らかっているけど、どうぞ。特に、俺の寝室」


女性には絶対に見せられない。

モノアちゃんの推し活グッズだらけの部屋。


「……見ても良ろしいでしょうか?」


いや、良ろしくないやろ。


見せる。


「これは……アニメのキャラクターでしょうか?」


「いえ。VNI──アイドルのモノアちゃんですね」


「アイドル……今の推しなのですね。グッズはこれで全部でしょうか?」


「いえ。まだ押し入れに。そちらはモノアちゃんでは無いですが」


白江さんは、誘われるように押し入れに行くと。

手をかけ、中を見て。


「……鈴音愛華……大切にされているんですね」


古いが、保存状態は良い、鈴音愛華のグッズ。

白江さんが、エッセイ集を手に取り……押し入れに戻す。


「鈴音愛華に詳しいのですね」


大切にしている、という言葉。

そもそも、鈴音愛華のグッズだと分かった事。


実は、俺が持っているグッズは、初期の頃の物だ。

鈴音愛華は、1回、路線変更をしている。

路線変更──古参のファンは準備期間の1月を山籠りと呼んでいる──のあと、爆発的に売れ、国民的アイドルに君臨した。

グッズも、歌も、スタイルも、殆ど切り替わった為、殆どのファンは、旧の物を知らない。

そして──極少数のファンが、山籠りの後、鈴音愛華から距離を取った。


「一般常識程度には、分かりますよ」


白江さんが、苦笑する。

一般常識だった。


--


「おい、花形。ちょっと良いか?」


「田中か。少しなら良いけれど、あまり時間は取れないよ」


帰ろうとする花形に声をかける。

部長に頼まれたのだ。


「最近、配信に来ないな。何かあったのか?」


「別に、何も無いよ。ただの推し変だ」


……家庭の事情では無さそうか?

そもそも、部長が探りを入れてきたのも、奥さんから会長経由で話が来てるんじゃ無いだろうか。


「なるほど。今は誰を推してるんだ?」


花形は、憐れむ様な目を向けると、


「まだ、言えないな。俺のスタイルを確立できていないから……だが、近いうちに、俺は成り上がる。推しの一番に、なってみせる」


順位とか有るものなのか?


「なあ、田中。お前も、身の振り方を考えた方が良いぞ」


「身の振り方?」


どういう事だ?


「VNIの寿命は、短い。低人気の奴に幾ら課金しても、さっさと消えてしまう──お前も気づいているだろう?モノアは、もう長くない」


……いや、推し活って、そういうもんじゃ無くね?

あと、モノアちゃんはずっと続けるよ。


「確かに、モノアちゃんの配信は、コメントを殆ど読まれた。今の推しの配信は、数回の配信で1回読まれるかどうかだ……」


大手さんかな。


「だが、価値が違う。登録者1,000未満の雑魚と、登録者200万の推しでは、読まれる価値が違うんだ。お前も……気づいているだろ?」


登録者200万って、かなり大手だよね。


「目を覚ませ。時間と金は、大切だぞ」


「ああ。だから俺は、モノアちゃんを推し続けるよ」


「田中。お前が早く目を覚ます事を、祈っているよ」


花形が、手を振りながら、出ていく。


そうか。

花形が早く帰る理由が分かった気がする……配信頻度と時間が増えたからだな。

モノアちゃんに比べれば、大手の配信は多いはずだ。

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