第5話 きさらぎ駅
「……遅くなった」
いつもは座れない電車も。
遅くなったお陰で、ギリギリ座れた。
漂う、ホルムアルデヒドのにおい。
飲み会で遅くなった人がちらほら。
ビールを飲むおっちゃんもいる。
そう長くは乗らない。
快速で1駅。
時間にして20分くらいか。
動画視聴していれば一瞬だ。
もっと長く乗ってみたい気もする。
1時間とか2時間とか……
ん。
妙なところで電車が停止。
『お知らせ致します。お急ぎのところ申し訳有りません。お客様が線路に立ち入った影響で、緊急停止信号を受信致しました。その為、この電車は停止致しました』
ふむ。
10分ほど遅れそうだな。
どよ……
周囲がどよめく。
まあ、面倒な事になったね。
さて、モノアちゃんのアーカイブ見るか。
隣の席を見ると、女性が困った様な様子だ。
何か用事が有って、遅れると困るのだろう。
『お知らせ致します。お急ぎのところ申し訳有りません。事象は解消致しました。ただいま、線路の復旧作業をしております』
「「え」」
思わず、隣の女性と声がはもる。
尚、大なり小なり、他の席からも聞こえた。
何、立ち入った人、線路壊したの?
やんちゃだね。
『運転の再開は、5分後から2時間後程度を見込んでおります』
幅広すぎだろ。
女性が、泣きそうな顔をしている。
……聞いてみるか?
「どうかしましたか?」
女性は、俺を見ると、目をぱちくり。
慌てた様に目元を押さえ?
少し戸惑った様に──男が苦手だったとかか?
「……あの。遅くなると親に連絡したいのですが……スマホのバッテリーが切れておりまして」
なるほど。
「もし良ろしければ、モバイルバッテリーをお貸しましょうか?」
「……!助かります!」
モバイルバッテリーを渡す。
軽量なのに大容量。
鞄にいつも忍ばせてある。
「……長く乗られるのですか?」
「いえ、きさらぎまでですので、すぐですね──良ければ後日返して頂いても大丈夫ですよ」
俺が先に降りると、充電が殆どできない。
その心配だろう。
先回りで、貸しておく事を提案。
家にまだあるしな。
……返って来なくても、それはそれで新しいのが買えるし。
良いデザインのが出たんだよな。
「有難うございます。では、住所と連絡先を交換させて下さい」
実際には、俺の住所を教えるだけで十分なんだが。
言われた通り、住所と連絡先を交換。
スマホが起動したらしく、親に連絡。
ほっとした様に、崩れる。
『線路の復旧が終わりました。運転を再開します』
お。
『次はきさらぎ駅、きさらぎ駅~』
「動きましたね」
「はい、意外と早かったですね」
1時間くらいか。
『尚、この電車はきさらぎ駅までとなります。線路の復旧の目処が立たないため、本日の復旧予定は有りません』
「え……」
女性が泣きそうな声を出す。
「……タクシーを使って、後日鉄道会社に請求できなかったでしょうか?」
「そ、そうですね」
女性が虚ろな表情で呟く。
うーむ。
「泊まるとかでしょうか?」
一応、ネットカフェもあるし、ビジネスホテルもある。
宿泊代って出してくれるんだっけ?
女性は、目を見開くと、やや迷った様な素振りを見せ、
力強く、
「お願いします。本当に、何から何まで、すみません」
俺の手を取ると、真っ直ぐ見つめ、そう告げた。
混乱して、泊まるという選択肢に至らなかったのか。
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