おしへん!

第4話 ふきょう

天姫モノア。

俺の推しアイドルであり、バーチャルネットアイドル、VNIと呼ばれる存在だ。

仮想人格をSNSで演じたり、動画共有サイトで配信を行っている。

その歌声は、まさに天使。

歌に合わせた使い分ける、奇跡の存在。


最近のアフターファイブは、モノアちゃんの過去配信を見続ける、そんな有意義な時間を過ごしている。


余裕の仕事量、窓際社員最高。


そういえば。

最近、花形の帰りが早い。

仕事を残して帰る事が増えたようだ。

モノアちゃんの配信には来ないし……これは、奥さんにバレたか?

草。


さて、帰るか。


「おい、田中。ちょっと待て」


「はい?」


部長に呼び止められる。

花形よりも更に上司。

普段接点は無い。


「お前、花形と仲が良いだろう?最近様子がおかしいんだが、何か知らないか?」


花形は、同期にして、職場のエリート社員。

会長の娘と結婚し、社長に内定している。

俺にモノアちゃんを教えて……何故か最近、モノアちゃんの配信に来なくなった。


「モノアちゃんから推し変した奴の事何て知る訳ねえだろ」


すみません、分かりません。

家庭の事情では無いでしょうか?


「……アイドルか何かかね?何か情報を持っていそうだね。聞かせて貰えるかな?」


え。

何この禿、心読めんの??

禿じゃないけど。


困った。

流石に、アイドルに入れあげている……いや、入れあげていた事をチクるのは良くない。

俺も、そこまで性根は腐っていない。


「……いえ、本当に花形のプライベートは知りません。モノアちゃんは、俺の推しのアイドルです」


「アイドルか……鈴音愛華とか、──とか……」


有名なアイドルの名前を上げる。

ここは、正直に言えば興味を失くすだろう。

引かれる覚悟で──


「モノアちゃんは、VNIです。三次元のアイドルではありません」


「何、VNIだと」


部長の目が光る。

何でやねん。


「詳しく聞かせて貰おうか。丁度会議室をおさえてある。君のお勧めの配信を見せたまえ」


「いや、そうはならんやろ」


いや、そうはならんやろ。


部長と言えば、雲の上の存在。

逆らえる訳もなく、俺は会議室へと連行された。


……仕方がない。

適当に切り上げて……早く帰宅して、大切なミッションをこなさねば……


--


「く……はははっ、みゅ……ミュートに気づかず、ゆらゆら揺れて……くはは……」


部長が、机を叩いて大笑いする。

いや、ウケ過ぎだろう。

というか、鉄面皮言われているこの部長が笑っているシーンなんて、人生初経験なんですけど。


「ちなみに、『こんものー!0と1の狭間から、貴方のお側にモノアをお届け!超次元のアイドル、天姫モノア!この瞬間、貴方に会えた奇跡を、絶対に忘れない!』と言っています」


「くふ……名のりを……ミュートで……気づかず……」


ばんばん!


おっちゃん、机が壊れるし、手が痛いで。


『……あれ、うん。これで、うん、聞こえる様に……あれ……ええっ、また!?』


「今頃気づいて……ひひ……おかしっ……」


部長が涙目で奇声を上げる。

防音効果の高い会議室にして良かったですね。


『お前ら、言えよおおおおおお!いつも言ってるだろおおおおおお!』


「毎回ミュートから開始していて、毎回遅れて気づきます」


「く……ははは、確かに、田中の言う通りだ。この娘は面白い子だね……なるほど」


ちげーよ。

確かにミュート芸は面白いけれど、そこまでの台詞引き出せる程ではないよ。


『……歌おう』


「ふむ、歌かね。まあ、聞きやすい良い声ではあるね」


ようやくミュート芸のダメージから立ち直り、いつもの余裕を取り戻す。


『──』


「!?」


歌い始めた途端、部長が目を見開く。


「別人……いや……そうか、別人か」


部長が舌を巻いたように、呻く。

俺が初日に辿り着いた思考。

だが。


「いえ、本人ですよ。モノアちゃんは、声の幅が広いんです。多声類という奴ですね」


「な……だが、歌い方が……雰囲気が……完全に別人ではないかね」


「上手いですよね。広い声と……加えて、幅広い歌い方。歌に寄り添う……そんな技術を持つアイドルなんです。モノアちゃんは」


「……いや、これはAI……?いや……それにしても操作難易度と速度が……今、挨拶していた時の声でチャットを読んだな。確かに、これは……本人の声なのか」


部長が、ぶつぶつと続ける。


「AIボイスチェンジャーによる切替であれば、ミスなくやり遂げる技術は素晴らしい。複数人用意して、その場で交代するには、切替がスムーズ過ぎる……そもそも、それだけの人員を確保するのは、必要な給与を確保するのが難しい筈……だが、そんな事が可能なのか……」


実際のところは、正直分からない。

が、耳が完全に慣れてしまって、全てモノアちゃんの声と認識する様になっている。

いま、モノアちゃんの配信というコンテンツを聞いているこの瞬間、その制作方法がどんな手段かなど、気にする話ではないのだ。


あっという間に1時間が過ぎ、配信が終わる。


「別の……別のお勧めはないかね」


「そうですね、やはりこれなんて素晴らしいかと。ぽちり」


部長、申し訳ありませんが、今日は私用が有りまして。

そろそろ帰宅しないとまずいのです。


「むむ……始まった。やはりミュートからなのだな……くふ……くふふ……」


押し切られてしまった。


モノアちゃんのアーカイブを見ながら……そういえば、これってアーカイブ見るミッション達成してるのでは。

良いスピーカーだし、大画面だし。

とか、そんな事を考えていた。

沼れ。


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