第3話 彩のある日常

言葉に偽りは無かった。

モノアちゃんは、折れない。

素晴らしい配信を繰り返し……再生数が伸びず……それでも、配信を続ける。


それは、俺の日常に、変化を与えた。

もう駄目だと思ったとき、諦めようと思ったとき、モノアちゃんの頑張りが頭をよぎる。

そうして、思うのだ。

もう少し頑張ってみようかと。


徐々に、できないと決めつけていた事が、でき始めた。

仕事の速度も上がり、評価も上がり、任される仕事も増え。

もっとも、定時上がりは死守する。

モノアちゃんのアーカイブを見返す必要があるのだから、残業などしていられない。


ふとした機会に、モノアちゃんに感謝を述べる。


[いつも、配信を見て、元気づけられております。仕事が上手く行くようになって、全てが好転してきました。ありがとうございます]


怪しい宗教かな。

我ながら、そう思う。


[そう言ってくれると、活動している甲斐があるよ!嬉しい、ありがとう!」


そう返される。


モノアちゃんの努力は、きっと、リスナーのみんなに、気力を与えているのだろう。

モノアちゃん自身は報われなくても……


……そうか。

アイドルって、そういうものなのかな。

ふと、思う。


偶像。

アイドルが上手くいかないのに、努力を続けている姿……それは、本当に力を与えてくれる。

アイドルが報われない事すら、自分が成功した代償を引き受けてくれているように感じる。


花形の成功も、モノアちゃんのお陰なのだろうか。

モノアちゃんを推す事自体、花形に恵んでもらった事でも……それでも、今俺がモノアちゃんを推す気持ちは、本物だ。


さて。


俺は、トークの内容すら覚えてしまった、何度目かになるアーカイブの再生を開始した。


--


『(さあ、今日も盛り上がって行くよー!こんものー!0と1の狭間から、貴方のお側にモノアをお届け!超次元のアイドル、天姫モノア!この瞬間、貴方に会えた奇跡を、絶対に忘れない!)』


多分、そう言っている気がする。

ミュートだけど。


モノアちゃんが、可愛らしく、画面の中で揺れている。


[確かに暑いですよねー]


恐らく、気温について話した気がした。

チャットで、雑談に反応したフリをする。


モノアちゃんが、ニコニコしながら、画面のレイアウトを変えている。

恐らく、コメント欄が斜めになっていたのを直しているのだろう。

フォントが文字化けしているのも直した方が良いよ。


『あ』


気づいた。

笑顔のまま固まる。


[草]


草、の文字が大量にコメント欄に並ぶ。

面白い、の意味だ。


『……さあ、今日も盛り上がって行くよー!こんものー!0と1の狭間から、貴方のお側にモノアをお届け!超次元のアイドル、天姫モノア!この瞬間、貴方に会えた奇跡を、絶対に忘れない!』


何事もなかったの様に仕切り直した。


『早速歌っていくよ!』


モノアちゃんは、時々、誤魔化す様に歌い始める。

美しい、お姉さんの歌声になる。


最近は、全部モノアちゃんが歌っている様に聞こえるようになってきた。

最初の頃は、別人にしか聞こえなかったが。

耳が慣れた、というのはあるし……そもそも、推しが声を変えて歌っていると言っているのだ。

信じない理由はない。


今日も、素晴らしい歌だ。

明日への活力と……新しいアーカイブを得た。


充実した気持ちと……心にひっかかる、違和感。

ああ、そうか。


今日は、配信に花形がいなかった。

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