大学生二人のさりげない心霊体験
ヘイ
第1話 17号室
出会い系サイト『17号室』。
指定は決まって、ホテルの一室。
サイトの名称通りに必ずしも17号室という訳でもない。とは言え、ホテルを指定されている段階で、実際は怪しいと考えるべきだろう。
例えば、ホテルに来た時点で合意の物である、だとか。
多く人間は被害に遭うまで『まさか自分が』と考える物で。
性被害があった、拉致監禁された、行方不明事件に繋がった。と言う話でもないのは17号室が客観的には良心的な利用者が多いと捉えられるかもしれない。
被害に遭わないに越した事はない。
相手が居なかった。
この事実だけであれば、『17号室』は危険なサイトとは考えられない。
『18歳未満のご利用を固く禁じております』
出会い系サイトの効力があるかも分からない、定型的な質問に迷いなく答えれば初回利用者には質問が行われる。
質問の内容は趣味や、性格など。
他の出会い系サイトや出会い系アプリと変わらない。
「……趣味。趣味かー」
「まーた、出会い系やってんの?」
講義の終わった大学の教室でスマートフォンを弄る青年に、近づいてきたブロンドヘアの女子が呆れた様な目を投げかける。
「うっせ。俺はお前と違って必死なんだよ」
「やめときなって。出会い系に出会い求めてる人なんて大体行き遅れなんだから」
「喧嘩売ってんなら買うぞ、オイ」
「……僕もう疲れたよ、周平の愚痴聞くの。この前なんて四十代と出会って『あれ詐欺だろ!』ってキレてなかった?」
彼は思い出したのか、声を張り上げた。
「おかしいだろ! 何でプロフの写真と二十代くらい差があんだよ!」
「女ってそう言うもんだから。男もだと思うけどね、僕は」
女子、
対して、青年──
「……こんちくしょう」
啜り泣く様な声が出た。
「彼氏持ちのお前は余裕があって良いな」
「彼女居ないってこんなに余裕ないのか、って僕は驚いてるよ」
「彼氏居ない時のお前も、今の俺と大差ないんじゃねーの?」
「…………? どうだろ。彼氏居なかった事ないから」
「…………この尻軽が」
周平はのそりと起き上がり、千智を睨みつける。
「立ち回り上手って良いなよ」
「……まあ良い。ちょっと聞くけど、千智はどんな趣味の奴と付き合ってる事多いんだ?」
「はあー……出た出た」
溜め息。
「それってマッチングアプリの常套句だよね。趣味とか云々言うけど、結局話が合えば良い訳じゃん。趣味は話題の一個にはなっても、それが永続するとは限らないし」
「おまっ……止めろよ。現実突きつけてくんなよ」
「それに僕が『こう言う趣味の人が良い〜』って言っても個人の意見なんだし。万人受けする趣味だったとてだよ? すぐバレるんだからさ」
「良んだよ。出会いのきっかけにさえなれば、後は話して分かっていけば……」
「見た目詐欺と変わんないからね?」
「……まだマシじゃない?」
「裏切り度合いで言えば、内面で嘘吐く方が酷いと思うけどね。僕としては」
「もう良いよ!」
見た目など直ぐに分かると言うのに、内面など関わらなければ知りようがないのだ。
「何も教えてくれねーなら、早く彼氏んトコ行けよ。飯食いに行けよ。二人仲良く幸せにやってりゃ良いじゃんかよー!」
周平はみっともなく喚いて机に突っ伏す。
「いや僕の彼氏、社会人で仕事中だし」
「……大学いる間、ずっと俺と居るけど。その点、問題ない?」
「大丈夫大丈夫」
「本当? 俺、殺されない?」
「殺されない殺されない。うん。本当……殺してやろうかと思った事はあるけど」
千智はじっとりとした目を周平に向ける。
「ひぇ……ご、ごめんなさい」
「それよりご飯行くよ。今日は何食べたいの?」
「ラーメン」
「じゃ、いつものとこね」
「…………もしかして、俺って女の子と意外と話せてる?」
「はあ? 何? 意味分かんないんだけど」
唐突に何を言い出すのか、と眉間に皺を寄せた千智に若干の恐怖を覚え、周平はビクリと肩を震わせてから言い訳を述べる。
「や、だって……あの、ほら。千智……さんだって女の子じゃないすか」
千智は一瞬、ポカンとした表情になってから、少しずつ驚愕に顔を染めていく。
「う、嘘……!? 周平くんが、僕の事を女の子として認識してる!」
「え? そんなに驚かないでくれる? いつも女の子として……あっ、ごめんなさい」
振り返ってみても、友人としての意識が強すぎて千智を異性として認識していない事が多々あった。何より、彼女には交際している相手が常に居たのだ。
「まあ良いや。取り敢えずご飯食べてから趣味について教えてあげよう」
「本当に大丈夫? 嫌な予感しかしないけど?」
「周平は僕を何だと思ってんのさ」
機嫌が良いのか、悪いのか。
判然としないが女子からのアドバイスとあれば、きっと魅力的な男性というモノを教えてくれるだろう。
「────てな感じで」
大学近くのラーメン屋。
食後、千智は周平に如何な男性が魅力的かを説明していた。
「え、嘘嘘。マジで言ってんの? 世の女子は正気か?」
「本当本当。歴女とかって知ってる?」
「テレビで挙げられてるけどさ……いや、だからってコレは」
趣味、歴史。
戦国時代にハマってます。
これが世の女子にウケが良いと千智は自信満々に語ってみせた。
「歴史って即ち教養な訳。教養ある人はカッコいいでしょ?」
「ん? お、おう」
「歴史って趣味としても考えられるのよ。教養としても趣味としても万能」
「そうか。そうかも」
熱の入ったプレゼンテーションに周平が流されていく。
「そういう女子にアピールするのに、戦国武将はうってつけ! 特に拙者とござるが人気の秘訣よ!」
「おおっ! 拙者拙者!」
「……ぶっ」
千智は顔を背ける。
「ど、どうした……でござるか?」
「ぶほっ……にゃ、にゃんでもない、よ」
即座に実践。
このノリの良さ。千智としてはモテる為に手段を選ばない周平のこの性格、とても好きである。
「そして世の女子、歴女にとって最高のアピールになるのは何と言っても見た目!」
「成る程。だが、拙者……鎧は持っておらぬでござる」
「…………っ、ひっ、ふ」
腹を抑えて、千智は俯いてしまう。
「……と、りあえず、ね? 鎧じゃなくても、甚兵衛とかでも大丈夫だから」
「いや、俺……」
「拙者、でしょ?」
「ぬ、ぬう。拙者……甚兵衛も持ってござらんが」
「ぐっ、ふ、ふぅ……僕が用意するから安心、しなよ」
何故、真面目にこの話し方にしているのか。いつか詐欺に遭うんじゃないか、と千智は心配になりながらも『まあ、面白いから暫くはこのままで良いか』と横に流した。
「────今回は行けそうな気がする!」
騙されている筈なのに、どうしてか信じ込んでしまった周平は『17号室』での登録を済ませると、直ぐにマッチング。
即日、出会う事が決定した。
「……いきなりホテル!?」
驚いたのは周平ではなく、千智だ。
それはいけない。周平の身が危険だ。
「ちょっと考え直した方が良いって!」
「千智のアドバイスだ。拙者は向かうでござるよ!」
おい、馬鹿やめろ。
叫びたい気持ちもあるが周平は走り出してしまう。草履だというのに足が速い。
「もうっ! 僕は心配してるのにぃ!」
声は届かない。
「失礼します」
ホテルのエントランスロビーに話を通して、待ち合わせの部屋に周平は扉を開き、一人で入る。
そして、扉を閉じた。
これで条件が揃う。
『17号室』にてマッチングした相手と出会う事を約束し、扉を開く事で中に入る事を許可、扉を閉じる事により溢れぬ様に蓋を閉める。
『17号室』は死霊が身体を見つけ出す為の、常世でまた暮らす為のマッチングアプリ。
誰も居ないのではなく、認識出来ない。霊感の弱い人間は為す術もなく乗っ取られる。
「誰も来ないでござるな」
趣味、歴史。
甚兵衛服に袖を通し、古風な口調の彼を乗っ取ろうとした死霊が一つ。この死霊こそ、直前まで周平と会話を交わしていた人物である。
歴史趣味が合う。
性格も問題無し。趣味嗜好に於いて、周平の肉体は死霊と完全にマッチしている。
成り代わるのに問題は────、
「拙者は、深山周平」
────ない。
記憶も必要に応じて取り出せる。不都合は生じていない。彼はほくそ笑みホテルを出た。
「周平!」
「……千智殿」
呼び方。
「この辺りで面白い資料館があるらしいのだ。一緒に如何でござろう?」
面白くはある。
愉快ではある、が。
「……誰、お前」
激しい不快感に千智は目の前の青年を睨みつける。
「周平じゃないよね」
周平のアレは付け焼き刃。
そして呼び方と言い、話し方といいこびり着く違和感。何より千智は周平の事を良く知っている。
「周平、ごめんね。僕が『拙者とかウケるよ』とか下手な事言ったせいで」
「なっ……!?」
死霊が揺らぐ。
「嘘だったんかァアアアア!!!」
マッチングミスである。
実際は周平の一人称は『俺』であるし、歴史が趣味ではない。死霊はシンクロ率の問題で周平の身体から弾き出されてしまった。
「あ、戻った」
「おい! 謝れよ! 俺に謝れよ!」
「……映画行こっか!」
千智の笑顔に責める気力も削がれてしまう。
「あ、周平。その『17号室』ってサイト、二度と使わない様にね」
一応の釘を刺す。
周平もホテルの出入り前後の記憶が抜け落ちている為に、アッサリと頷いた。
大学生二人のさりげない心霊体験 ヘイ @Hei767
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