第16話 混ざっている

 渡された分厚い眼鏡をかけてノアを調べたあと、また私の番になった。

さっきよりも長い時間、丹念に調べられる。ドキドキしつつも、動かないようにジッとしていた。


 しばらくして調べ終わったのか、一、二歩後ろに下がってから、腕をくんだ手を顎にあてながら黙り込んでしまった。考え事をしている姿がノアとよく似ていた。ふとした姿が似ていたりする、家族とは不思議なものだと思う。……少し、羨ましくもある。


「うむ!分からん!」


 突然、ノアのおばあ様は大きな声をだして、掛けていた眼鏡を外すと、おじいさんにポンと投げて渡した。え?分からないって、なに?どうゆうこと?


「あの、ノアのおばあさま、分からないとは、どうゆう意味でしょうか?」


「エミリアよ、ノアのおばあさまとは、あまりに他人行儀ではないか。妾の事は、アビーと呼ぶがよい。こっちはラリーじゃ。よいな。」


「あっ、はい。ではアビーさん、分からないとは、どうゆう意味でしょうか。さっき、なにか混ざってるって、聞こえたんですけど。」


「……さんは要らぬが、まあ良い。それより、二人のなれそめを聞かせてほしい。どうじゃ、ノアよ、そなた説明できるか?」


「なれそめ!?」ってなに?……思わず声が出てしまった。けれど、すぐに二人の出会いとゆう意味で言ったのだと気がついた。私達、まだ子供だし。


 そう思っている間にも、ノアが滔滔と語っていた。私は憶えていないけれど、初めて会ったとゆう時のことを聞いていると、良い香りがとか、光がとか、よく分からないことを凄く長々と話している。二人はうんうん頷きあって、嬉しそうに聞いていた。ときおり、「でかした。」とか「その幼さで。」と言いながら、とても喜んで誇らしそうにしていた。さっぱり意味が分からないのは、私だけのようだった。


 ノアの話しがようやくあの土砂降りの日の話しになると、途中までおとなしく聞いていたアビーさんが、急に話しに割り込んだ。


「なるほど!そうか、そうゆう事であったか。聞くがノアよ、そなた魔術の扱いは誰に教わったのだ?」


「魔術?は誰にも教わっていません。扱った事もありません。……僕は、魔法使いなのですか?」


「ノアよ、お前さんの祖母である、このアビゲイルこそ、万年に一人と言われる程の稀代の天才魔女なのだ。その魔力は歴代の偉大な魔法使いと言われている誰よりも多く、またその膨大な魔力の扱いに関しても……」


「止めぬか!魔力の多さなど、些末な事よ。それより天才とゆうなら、そなたの事であろう。そなたの魔道具作りの腕こそ、天才の名にふさわしい。」


 なにやらイチャイチャ盛り上がって、声を掛けずらい雰囲気になってしまった。聞きたい事はまだまだあるんだけど、仲が良いのは良い事だし、待つことにする。


「それで、魔法使いの祖父母をもつ僕は、魔法使いなのですね。」


 目の前の甘い雰囲気に、冷静にツッコミを入れるようにノアが話し出して、二人に確認するように聞いていた。


「ん?いや、ラリーは魔法族ではないぞ?ドワーフ族である。……しかし、そなたの中にある魔力は、間違いなく魔法族のものである。だが不思議なことに、体内に籠っておるようじゃ。今のままでは魔力は使えまい。」


「……なぜ体内に籠っているのでしょう?」


「分からんが、そなた少なくとも一度は、魔法を使った事があるぞ?」


 何のことを言っているのか、不思議そうに首を傾げるノアに、アビーさんがニヤッと笑いながら私を指さした。


「エミリアじゃ。そなたと混ざっておる。よほど古の古代魔術じゃ。このように繊細で複雑な魔法は見たことがない。まあ、妾は細かい魔術が苦手ゆえ、仕組みがさっぱり分からんが、そなたの魔力が混ざっておるのだから、そなたが使った魔法で間違いない。」


「す、すみません!ちょ、ちょっと待ってください!混ざってるって、どうゆう事ですか?分かる範囲でいいので、教えてください!」


 それまで黙って聞いていたけど、さすがにそれは聞き捨てならない。混ざってるって、ノアの魔力って、なになに、なんですかそれは!?


「うん?そなたの内にノアの魔力が存在し、またノアの内にもエミリアのなにかが混ざっているとゆう事じゃが?一方的にできる事ではなかろう?お互いを分かち合う程の複雑な古代の魔術なぞ、そうそう拝めるものではない。素晴らしいであろう。」


 機嫌良さそうに笑うアビーさんとは対照的に、話しを聞けば聞くほど、私の顔は青ざめていってしまう。


「知らない。知らない。知りません!私、そんな事した憶えありません!……もとに、元に戻す方法はあるんですか?混ざっているのを解消する方法かなにかありませんか?……どうゆう、こと?」


 私の言葉に、心底不思議そうなアビーさんとラリーさんが、顔を見合わせて首を傾げる。たぶん、絶対、私の方が不思議なんですけど!


「なるほど、混ざっていたのか。それで納得がいったよ。最近、経験した事がないのに知っている事があって、不思議に思っていたんだ。これはエミリアの記憶なのかもしれないね?」


 いい笑顔でニコッと笑いかけられても、返答に困る!私の記憶ってなに?恥ずかしい感じ?気になるんだけど、聞きたいような、聞きたくないような、……困る!


「……もとに、もどせますか?」


 恐るおそる、一縷の望みをかけてアビーさんに聞いてみた。そんなつもりはないのに混ざってしまった人は、どうしているんでしょうか。


「妾には無理じゃ。妾は膨大な魔力の扱いには多少慣れておるが、細々した魔力の扱いは苦手でな。……事情があって、魔法族が住まう我が祖国には、戻ることができんし。……魔法使いの言葉に偽りはない。」


「……そんな……。」


「まあまあ、そんなに落ち込まんでも。わしはこの人族の都にも、魔法使いがおると聞いたことがあるぞ。そもそも魔法使いとは、繊細な魔法を扱う者の事でもある。アビーが規格外で、例外なのだ。」


「そ、そうなんですか?」


「ああ、この辺りの辺境には居らんであろうが、都におる噂は聞いたことがある。わしは人族とはいえ、商人には多少知り合いがおってな。あ奴らの噂話は少しは耳に入ってくるのだ。」


「それは、……初耳じゃが、まあ、あそこはな……。しかし、妾はあの都にも、事情があってな、行くことができん。」


 アビーさん、行けない所多くないですか。いったい何したんですか。もしかしてそれって出禁って奴ですか。思わずジトッと見つめてしまう。視線に気づいたのかアビーさんが、繕うように聞いてきた。


「そもそも、なぜ混ざっていてはいかんのだ?なにか、不都合があるのか?体の不調などない筈じゃが?魔力が混ざった所で、魔法族でない者には、魔力が使えぬ。であれば、元のそなたとそう変わらぬであろう。不調なことがあって、困っておるか?」


「……それは、ないと思いますけど、……ノアはなにか、不都合なことがある?体の不調とか?」


「特に何もないよ。このままで何の問題もないよ。このままがいいよ。」


「……そう。」


 落ち着いて考えてみる。今の私と、ノアと混ざる前の私。なにも変わらなくて、ノアも困っていないのなら、このままでもいい気がしてきた。違いなんて考えても分からないし。ハッキリと、体の不調や不都合がないと教えてもらえたので、体の心配をしなくてもいい事は分かった。


 このままでいいのなら、次に考えるのはこれからの事だ。ノアは両親が眠ったままになってしまったので、私と一緒にこの家を出たんだから、家族が戻ってきて、しかも魔法使いらしいので、両親のことは解決できるんだろう。


 それなら私はどうしよう。行く当てがないのは私だけど、とりあえず、しばらくオルンさんの所にお世話になって、なにか、私にできそうな仕事を紹介してもらおうかな。そうしてちゃんと働いていたら、生活していける気がしてきた。なにより今の私はぼんやりしていなくて、ちゃんと自分の頭で考えられる。そして、体の不調もなくて、健康そのものだ。元気があればなんでもできる!……気がする。


 改めて考えてみると、不安より楽しみな気持ちの方が強くなってくる。もしかして、私、自由なのでは?今から何をしても、どこに行っても、好きに生きられるのでは?ホルト村の、あの宿にさえ帰らなければ、私、私は、自由だ!これから私、自分の好きに生きる!好きに、自由に、生きられる。


 顔を上げると、みんなが私を見ていた。三者三様に、心配そうな顔をしている。私は安心してもらえるように、ニッコリと微笑んだ。


「では、決まりですね。ノアは家族とここに残って、私はどこか好きな所に行って暮らします。ノア、もしなにか、混ざってて不都合な事が起きたら、手紙で知らせてね。なにかできる事がないか、考えるから。」


「「「えっ!?」」」


 なぜか三人の声が綺麗に重なった。アビーさんとラリーさんは、驚愕の表情でオロオロしているし、ノアに至っては見たこともない顔で固まってしまった。えっ?なに?大丈夫?なにがあったのか、アビーさん達に助けを求めても、まだ二人とも動揺しているようだった。


「なぜじゃ?なにがあった?どうゆうことじゃ?半身であろう?伴侶であろう?いったい今、なにが起こったのだ?ノアは振られてしまったのか?そんな事が、ありえるのか?」


「いや、いや、まだ分からんぞ。一旦距離をおくとか、そうゆうのではないか?しかし、まてよ、たしか人族の中には、半身を変える者がおったのではないか?いや、まさか?現実に?」


「そうじゃ!お、思い出したぞ!何人もの半身を持つ者がおったな?憶えておらぬか?たしかエルドランの都におる時に!おったな?」


「そうだ!そうだった。いや、しかし半身だぞ?今まで極力、関わらんようにしてきたからな。人の常識が分からん。」


 なんだか私、失礼なこと言われてる?気のせい?ノアは振られ……の所でビクッと動いただけで、まだ固まっているし。


「あの、私、ノアの伴侶とか、ハンシン?とかではないですよ?それに、私達二人とも子供ですし。」


 すると、また二人が更に驚いた顔してから、ノアのことを気の毒そうに見た。もう、ホントに、なに~?なにも、おかしなこと言ってないよね?


「分かった。魔法使いがいるとゆう王都に一緒に行こう。」


「「「えっ!?」」」


 ずっと固まっていたノアが動き出した途端に、唐突にさっきと真逆のことを言い出したので、その場にいる全員が驚いた。


「え?なぜ?」


「うん。今のままでも、もちろん良いんだけど。二人が今どんな状態なのか、分かる人に調べてもらっても、いいんじゃないかな?道のりは長く、時間も掛かるかも知れないけど。知らないよりは、知っていた方がいい。それに、王都に着くまでには、いろんな町を通るはずだし、気に入った町や村が見つかれば、そこに住めばいいし、僕は知らない事だらけのようなんだ。種族間の違いについても、詳しく調べてみたいと思ってる。」


 えっと、さっきと言っている事が真逆なので、改めて考えてみる。アビーさんとラリーさんが、なにかコソコソ話しているけれど、声が小さくてよく聞こえなかった。


「なるほど、そうきたか。」

「我が孫ながら、なんと弁の立つことよ。」


 好きに自由に生きて行こうとしていたんだけれど、確かにいろんな町に行ってみるのは勉強になると思う。ノアも私と混ざってしまって、自分の体のことだし、知りたいと思っても当たり前だよね。もしかしたら、治せるのかもしれないし。


「王都に行くのは、かまわないんだけど、私、今なにも持ってないの。まず王都に行くまでに、お金を稼いで貯めないと。」


「それなら一緒に働きに行こうよ。それで、お金が貯まったら王都に向かうことにしよう。同じ目標を持って、一緒に頑張ろうね。」


「なんじゃ?路銀か?それなら心配いらぬ。妾達も共に旅するのじゃ。子供が苦労などせずともよい。もちろんエミリアもな。」


「そんなわけには……、それに、王都には行けないって。」


「なに、方法はある。気が引けるのであれば、途中の町で好きな時に、小遣い稼ぎでもすればよいぞ。たしか、稼ぎながら旅する者も多かったはずじゃ。そもそも、我らは路銀などそう使わずとも旅ができる。……そうだ、それに部屋を増やすのもいいかもしれん。」


「長い旅になるなら、道具を新しく作るか。よし。話が纏まったところで、なにか飲まないかね。ここで立ちっぱなしも疲れる。」


「そうですね。そうしましょう。なにも心配いらないよ、エミリア。」


 なにかトントン拍子に話が進んで、あれよあれよという間に話が纏まっていた。道具を作るとか、部屋を増やすとゆうのは、よく分からないけれど、もうみんなで旅をすることは決まったようだった。


 ラリーさんに案内されて、食堂に向かった。三人をテーブルにつかせると、端の作業台の上で料理を作り始めた。大きな箱には食材が入っていた。ただの棚だと思っていた所には、火が付いたし、鍋やフライパンもでてきた。


 ノアと1粒ずつ食べた実が、今は木にたわわに実っている。ラリーさんんが慣れた手つきで台所を使いこなしている姿を、ノアと二人でワクワクしながら目を輝かせて眺めた。なんと手際よく片付けまでいっぺんに終わらせていた。


 あっという間に温かいお茶と焼き菓子を用意して、すぐにラリーさんがテーブルに戻ってきた。部屋中を甘くて美味しそうな香りが漂って満たしている。


「ここは料理を作る所なんだ……、初めて見ました。後で僕にも使い方を教えてください。」


「うん?初めてとは?アンドレは料理を作るのが好きだろう?見たことはないか?」


「妾は何度もここを改造させられたのだ。嫁御にも使えるようにしたのだぞ。」


 ラリーさんは不思議そうにノアを見た。アビーさんも怪訝そうな顔をしている。そこで初めて私は、ノアが両親のことを話していないことに気がついた。……わざとでは、ないかもしれないけれど。


「……ふたりとも、もうずっと、眠ったままです。」

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