第15話 カラスのその先に

 玄関の扉を細く開けて、ふたりが外に出ると急いで扉を閉めた。

驚いたことに、そこら中至る所にカラスが止まっていた。空も覆い尽くすほどに、カラスが飛んでいる。目が混乱するぐらいの、黒いカラスの群れの数に、どこにこんなにたくさん生息していたのか不思議になるくらいだった。


 不意に、群れの中からひと際大きなカラスが目の前に現れた。鷲よりも断然大きくて、見たこともないほどの、大きくて立派なカラスだった。態度もなんだか偉そうに見える。


 一歩ずつゆっくり近づいてきて、しっかり目線を合わせている。私とノアの二人共の顔を交互に見比べてから、後ろを向いて背中を見せて歩きだした。少し進んでは、振り返ってこちらを確認している。そこら中にいたカラスが降り立ってきて、その大カラスの両脇にまっすぐな道を造りだしていった。


「これは、明らかに来いって言ってるね。危険ではなさそうだけど、エミリアはどうする?」


「一緒に行く。私も危険な感じはしないんだけど、なにがあるか分からないし。」


 両側にいるカラス達に見守られながら、大カラスについて行った。

そのまましばらくついて歩いていると、先の方にいるカラスが丸く円になって、なにかを取り囲んでいた。そこまで到着してみると、真ん中にあるのは、あの岩場で見たような笑った顔をした石像だった。


 大カラスが石像の横に立って、足で石像を何回もゲジゲジ踏んだ。さっきから、ほんとに偉そうなカラスだ。いちいちフンッと鼻息が聞こえてきそうだった。分かる。分かりますよ。これ触れって言ってますよね。その尊大な態度が釈然としないけれど、言われるとおりに(言ってないけど)石像を二人で触った。


 ぐらりと視界が揺れて、次の瞬間には別の場所にいた。着いた場所にもカラスが円になって囲んでいて、さっきとは違うカラスが石像に触るように指示してきた。そんな事を何回も何回も繰り返した。


 ほんとにカラスって何羽ぐらいいるんだろう。今までどこに居たのよ。君たち。

もうふたりで、立ち上がらずにひたすら石像を触る。を繰り返していると、いつの間にか、ノアが住む大きな木の家のすぐ近くに着いていた。そうだろうなと思っていたので、驚きはない。たくさんのカラス達に見守られながら、木の家に向かって歩いた。視界の隅にあの大カラスが目に入った気がして、振り向くとジッとノアの事を見ていた。


 黒い大きな玄関を開けて中に入ると、昨日ここを出て行った時とは少し違っていて驚いた。広いホールの壁づたいにある階段が、ゴウンゴウンと音を立てながら上に向かって動いていた。今あの階段にのったら、歩かなくても上に運ばれると思う。なぜか頭の中に、エスカレーターとゆう言葉が浮かんだ。なんだろ。


「この階段って、動くんだね。」


「うん。僕も初めて見た。階段が動くなんて知らなかったな。」


 ここに住んでいるノアも知らなかったなんて、なにか異常な事が起こっているんじゃないのかな。カラス達となにか、関係があるのかも分からない。


「なにか変な事が起こっていないか、どうやって調べるの?」


 う~んと首を捻って唸りながら、ホールの真ん中にある、大きな木に向かって歩いて行った。そういえば、ここを出る前にこの木がビカッと光った事があった。あの時、ノアも初めて見たと言っていた気がする。ノアに続いて、真ん中の木に近づこうと歩き出した、まさにその時。


「おおお~おおう。やはり孫が生まれておる~~~!!見つけたぞお~~!!」


 え!?と声がした方を見上げると、上からすごい勢いで女の人が降ってきた。

スチャッと着地すると、ぎゅうぎゅうと振り回すように抱きしめられる。


「なんと!なんと!かわいい孫なのじゃ!妾にそっくりの赤い髪ではないかあ!なんとお!愛いのじゃあ~!瞳の色合いまで、妾と同じではないか!アンドレのやつ!知らせるのを遅らせおってえ!あやつめ!どおしてくれよう!!」


 ぎゅうぎゅうしながら、髪もわしゃわしゃと撫でられ、ぐりんぐりんされる。

待って!待って!苦しい!くるしいよ!?え?なに?なに?誰?なんですか?


「ま、待って、く、くる、しいです。離し、て、わあ!」


 ぎゅうぎゅうの抱き締め技から解放されたと思った瞬間に、両脇を持たれると、ぐわっと持ち上げられた。え?高い!!高い!?


「愛しい我が孫よ。顔をよく見せておくれ。妾は、そなたの、おばあ様なのだ。アンドレアスから聞いておらぬか?そなたの父上は、妾の息子だ。」


 アワアワしながら見下ろすと、赤い髪をした長身の絶世の美女が、目を潤ませながら上目遣いで見つめていた。


「お、お、おろしてください。ひ、人違いです!私ではありません。」


 ん?と言いながらも、ゆっくりと地面に下ろしてくれた。息を整えながら、目の前の美しい女性を見上げる。燃えるような赤い髪はゆるくウェーブがかって、美しい艶がキラキラしている。明るい緑色の瞳を長く濃いまつ毛が縁取って、艶やかな印象の顔立ちは、恐ろしく整っていて、ほのかにノアに似ている気もする。


 とても身長が高くて、黒に見える程の濃い紫色の長いローブの上からでも、大きく豊かな胸や、細く括れたウエストがわかるほど、抜群のプロポーションをしている。お肌も艶々で、どう見ても若い女性にしか見えないけれど、さっき自分の事をおばあ様と言っていた?不思議そうに首を傾げる仕草も、若々しくて美しい。


「そなた、人違いとはどうゆう意味なのだ?アンドレの奴が、何も話しておらんのかも知れぬが、妾はそなたの祖母なのだ。この家の中におるのが、なによりの証拠ではないか。そなたの色合いは妾に似たようじゃ。ほんに愛らしい。」


 うっとりと見つめられても、違うものは、違う。どう説明したものか困惑していると、美女の後ろの方から、ノアが近づいてきていた。この状況に、驚愕して固まっていたらしい。


「あの、アビゲイル様、でしょうか?アンドレアスの子供は、僕です。」


 振り向いた美女が、ノアを見て息を呑んだ。目を見開いてノアのことを凝視している。


「……では、そなたがノアなのか?妾を知っているか?」


「父上から、祖父様と一緒に旅に出ていらっしゃると聞いた事があります。そのうち戻ってくるからと。」


「うむ。いや、しかしこの娘は?双子であったとは、手紙には書いていなかったが。」


「名前はエミリアと言います。この森の近くのホルト村に住んでいましたが、僕と一緒に手を繋いで中に入りました。」


「いや、手を繋いだぐらいでは……、髪も目の色も妾と同じであるし……、どうゆう事なのだ?……魔力の香りも肉親であろう?」


 魔力!?魔力って言った?魔力の香りってなに?私、魔力なんてないですよ……?ね?ここにいる三人共がが困惑の表情を浮かべている。どうゆうこと?


「アビー!アンドレと嫁御の様子が変なのだ。眠ったままで、いくら起こしても反応がない。……うぬ!?おおう!孫が見つかったのか!カラスの奴らは、役に立つのお!」


 いつの間にか、下の降りる向きに変わっている流れる階段から、背が低くて、筋骨隆々な白髪の男性が、急いで降りてきていた。最後は飛び降りると、同時にゴウンゴウンと流れていた階段がピタッと止まった。改めて見ると、身長はノアのおばあ様の半分ぐらいで、顔は分厚いゴーグルのような物を掛けているので、分かりにくいけれど、鼻筋が通った精悍な顔立ちをしている。


 なにより目をひくのは、ものすごく筋肉モリモリで、ガッチリとした逞しい体格に、袖のないピッタリとした薄い服を着ていて、袖のない上着にも短めのズボンにも、たくさんのポケットと、なにか沢山の道具がついていた。道具屋さんとか、鍛冶屋さんみたいな雰囲気の白髪の壮健そうな男性だった。


「ラリーよ、アンドレと嫁御がなんだ?ねているなら、起きてくるまで待てばよかろう。」


「う?うむ?いや、うん。今は孫だ。双子であったのか?二人も生まれておったのか?……お?坊主の方は、アンドレにそっくりではないか!アンドレの幼き頃を思い出すわい。」


「すみません。あの、私はこちらの孫ではありません。アンドレさんの子供でもありません。」


「え?違うとは?では、この光り方は……?身内であろう?」


 え?今度は光?光り方ってなに?私、光ってないですよね?……ね?いま私、なにか匂って、光ってるってこと?……なんで?


 困惑してノアを見ると、腕を組んだ手を顎にあてて、なにか考え込んでいるようだった。ここの子ではないと説明しようとして、私は自分の生まれや親の記憶がない事に、初めて気がついた。ホルト村での記憶も断片的で、すべてではない。


 そういえば、どうして私は、自分の事なのに、知らないことが多いんだろう。


「考えていても埒があかん。調べればすぐに分かる事ではないか。二人とも、そこになおれ。」


 ノアと横に並ぶと、ノアのおばあ様が、私と顔と顔がくっついてしまう程に、接近して目と目を合わせた。なにかを探るように見たあと、手を触ったり、腕を見たりしてなにかを真剣に調べている。


「……混ざっとる……。」


 え?なになに?なにが混ざってるの?口を開く前に、今度はノアの事を、同じようにあちこち調べ始めた。


「……籠っとる……。」


 もう一度、ノアの両方の手をさらに丹念に調べてから、手から腕にかけてを触りながら調べている。


「……ラリー、その眼鏡を貸せ。魔力に強めに合わせろ。」


 ノアのおじいさんがゴーグルを外して、両縁をカチカチ回してから、ノアの手から目を離さないまま、差し出している手のひらの上に乗せて渡した。分厚い眼鏡を取ったおじいさんの目の色は、ノアにそっくりな綺麗な青灰色だった。

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