第12話 羊飼いの家 2

「いやいや、待たせてすまんのう。ついでに、はさみの手入れをしていたら、遅くなってしまった。これでバッチリ切れ味抜群じゃからのう。ほっほっほ。男前にしてやろう。」


 なぜか機嫌の良さそうなオルンさんが散髪道具を持って戻ってきた。私はなにか考え事をしていた気がしたけれど、ハッとして慌てて、やる気満々になっているオルンさんに声をかけた。


「オルンさん、ノアはたぶん髪を切るのは初めてなので、お手柔らかにお願いします。あんまり短くしすぎないでください。」


 ホルト村の男の子達はたしか、仕事の邪魔になるからと、みんな丸刈りのような短い髪形だった。初めて髪を切るのに、坊主頭にされたらビックリするような気がした。


「そうかい、そうかい。そうしたら、少し長めに残るように切ってあげよう。」


 オルンさんがニコニコしていて、髪を切るのが嬉しそうだった。三人で髪を切る準備をして、体に布を巻いたノアが背もたれのない椅子に座ると、私はそっと、自分が今までつけていたエプロンをはずした。もう、このエプロンをつける事はないと思う。どんどん景気よくノアの髪の毛を切りながら、オルンさんが話し出した。


 「行く所がないのなら、ここに居てもかまわんよ。ここにいて、なにかと手伝いをしてもらったら助かるし、町や村の方がいいなら、口利きしてやれそうな伝手は、いくつかある。」


 そうかさっきの話、オルンさんにも聞こえていたんだ。オルンさんって本当に良い人なんだな。今日初めて会った子供たちに、こんなに親切にしてくれるなんて。


「……ありがとうございます。助かります。これからの事、考えてみます。」


 考えるのはゆっくりでもいいと、優しい声で言ってくれた。そんなに親切に優しくしてもらったら、泣きそうになってしまう。オルンさんが気遣うように私を見てから、一つ咳払いをすると違う話を始めた。


「それにしても、二人ともまだ若いのにしっかりしとるの。大人みたいに、ちゃんとした話し方ができとる。今すぐに何処かに働きに出ても歓迎されるじゃろう。うちの孫も見習ってほしいもんじゃのう。」


 それから、しばらくやんちゃな孫の話しになった。困ったもんじゃと話しているけれど、可愛くて仕方がないとゆうように聞こえた。そんな話しを聞いているだけでも、幸せな気分になる。


「さて、こんなもんでどうじゃろう。」


 肩についた髪の毛をササッと払ってから、ノアの座っている椅子を回して、オルンさんが横によけると、私とノアが正面から向かい合う形になった。


「うわあ~。」


 思わず声がでた。前髪を少し長めに残していて、全体的に長めのショートカットになっていた。サラサラしたストレートな髪が短くなって、顔がよく見えた。長いまつ毛に青灰色の瞳がとても綺麗で、すっきりとした高い鼻も、形の良い唇にも、初めて見た時のように、その美しい顔立ちに見とれてしまった。ぼんやり見とれていると、ノアが目の前まで来ていて、私の頬に手を伸ばした。


「エミリア。顔が赤いよ。熱があるかもしれない。今からでも寝た方がいい。」


「ううん。違うの。大丈夫だよ。なんともないよ。ノアは髪が短くなるの嫌じゃなかった?すごく似合っててビックリしちゃった。とっても素敵だよ。」


「嫌じゃないよ。頭が軽くなって、エミリアの顔がよく見える。周りもよく見えて快適だよ。」


「そう?それなら、よかった。」


 照れくさそうに、はにかむ笑顔が眩しいほどきれいで、なぜかちょっとドキドキするけど、ノアが喜んでいると私も嬉しい。ふたりで見つめ合って笑っていると、はさみを置く音で、オルンさんが一人で片付けをしている事に気がついた。


「あ、お手伝いします。オルンさん、ノアの髪の毛をかっこよく切ってくれて、ありがとう。髪を切るのがとっても上手ですね。」


「なんの、なんの。わしは若い頃から、散髪するのが好きでな。娘たちの髪もよく切ったもんだ。しかし少々注文が多くてな、腕を磨いたんだ。小さくても女の子は、おしゃれが好きだろう?そうだ、エミリアの髪も少し切ってやろう。今よりもっと可愛くしてあげるよ。癖のある髪は整えてやると、手入れが楽になるんだ。」


「え?この髪が?ほんとですか?寝癖がつかなくなりますか?」


「寝癖は……まあ、ついてもすぐに直せるようになるかな。よし、可愛くしてやろう。」


「今でも十分可愛いですよ。どこも直すところなんて、ないのに……。」


 なぜかノアだけは乗り気じゃなかったけれど、手入れが楽になるなら、私は俄然やる気満々だ。髪がふわふわしてる分には気にならないんだけど、変な形がついている時はすごく気になって、気が滅入るのだ。私は、元気よくおねがいします!と言って、自分で布を巻いて椅子に座った。


「わあ~すご~い。なにこれ~。」


 思わず信じられないような言葉ばかり出てしまう。切り終わって、鏡を見せてもらった私の髪は、前髪が出来ていたし、髪のボリュームは半分ぐらいにおさまっているし、なにより四方八方に飛び出ていた髪が、髪質でうねってはいても、ちゃんとした流れになって、おさまっていた。なぜか髪の毛も艶々して見える。なぜか頭の中で、カリスマとか、カリスマ美容師とゆう言葉が浮かんだ。え?二種類?初めて!


「どうかな?こんな風に髪に段をつけて、軽く梳いてやると、扱いやすくなるんだ。手入れもしやすい。前髪も目にかからんように、こうやって……、そうじゃ、リボンがあったら、三つ編みや、編み込みをして、もっと可愛くしてやれるのに。祝い事や特別な日には、おめかしするんじゃ。やり方だけでも、今教えてやろう。ノアも一緒に覚えるかね?……ノア?」


 なぜか、呆然とノアが固まっていた。少し離れていたので、オルンさんが近づいて行って、体を揺すって名前を呼んでいる。よく聞こえないけれど、ノアがなにか、ブツブツ言っているようだった。


「……可愛い。可愛すぎる。え?これ以上可愛く?本当に?」


 二人が戻って来た時には、もうふつうに戻っていたけれど、ちょっとなんか様子が変だったよね?ノアの事をチラッと覗き込むと、胸元をおさえながらもニッコリと笑ってくれた。


「とっても可愛いよ。すごく似合ってる。僕は今からオルンさんに、編み込みと三つ編みってゆうのを、教えてもらうから、もう少しだけ座っていてね。大丈夫。僕は絶対に、全部出来るようになってみせる。」


 すごく意気込んでいるノアには悪いけれど、自分でも出来るようになりたいし、ふたりで教えてもらう事にした。のだけれど、ノアがすいすい編み込んでいくのに対して、私はどうやっても、うまく編めない。……なんで?

手の中で何束にもなった髪をどうやって、複雑に順番どおりにできるの?もう、どうしてもなら、二つをねじねじ~でも良くない?ぐるぐる~って。


 髪をねじねじっとしていたら、オルンさんに止められた。あんまりギュッとすると髪の毛が痛むらしい。私は真剣な顔で、複雑な編み込みみたいなものを練習しているノアの邪魔にならないように、髪をさわるのをやめた。


「二人とも、今日はとりあえず泊まっていきなさい。そうそろそろ日が暮れる。放牧に行っとる孫が帰って来る頃じゃな。夕飯の用意を手伝わせよう。めしの後は、うちの自慢の温泉に入るといい。裏に温泉が湧いていてな。小屋を建てて囲ってあるが、景色もよく見えるようにしてあるんじゃ。」


 ここに温泉が湧いていたから、小屋を建てえた事や、毎日温泉に浸かる至福の時の話しを楽しく聞いていると、小屋の外からやたら賑やかな騒ぎ声が聞こえてきた。

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