第9話 笑った顔の石像
大きくて黒い玄関の扉を出ると、さっきと同じ光景が広がっていた。
色とりどりの小さい子達がふわふわと、そこら中にたくさんいた。初めて見た時と違って、見えなくなっていたら寂しいなと思っていたので、良かったとホッとする気持ちと、このままでいいのかなと思う気持ちが混ざり合って、なんとも言えない複雑な気分だった。……なにか悪いことをする子達では、ないみたいだけど。
森の中を歩く私たちに、楽しそうについてくる子達もいる。飽きたのかふわふわと離れていく子もいるし、遠くの方から、なんだなんだと近づいてくる子もいた。その子達の様子を見ながら歩いていたけれど、基本的に機嫌よくふわふわと漂っていて、自由に好きに過ごしているようだった。特になにかしてくる訳でもないし、見慣れてくると、森の景色の一部と同じに思えて、なにも気にならなくなっていた。
そんな事よりも、困ったことに気がついた。しばらく森の中を歩いているけれど、ここがいったい森のどの辺りなのか、さっぱりわからない。ずいぶん歩いた気は、するんだけど。もしかしたらこの森は、ずいぶん深い森なんじゃ……ないかな?もし迷子とかになったら、大変なことになるのでは?まさか、まさかね。心配しすぎだよね、とは思うけれど、一応ノアに聞いてみる事にした。
「この森、どれぐらい続いてるのかな?この森の抜け方分かる?私、どうしてこの森に入ったかも憶えてなくて、村への行き方が分からないみたい。」
「そうなんだ。どこかに向かって歩いてる訳じゃなかったんだね。僕もひとりで森に入った事がないから、森の抜け方は分からないな。でも、ずっと続いてる訳ないし、このまま歩いていたら、そのうちにエミリアの村に着くんじゃないかな。」
ノアにも分からないみたいだけれど、私と違って、全然不安な気持ちになっていないようだった。ノアはいろんな文字が読めて、とっても頭がいいし、いっぱい本を読んでいるから、私よりも知っている事がたくさんあって賢いし、そんなノアがまったく心配していない様子に、不安な気持ちが消えて元気がでてきた。
「それもそうだね。歩き続けていたら、そのうち森を抜けられると思う。」
そう言って元気よくどんどん歩いていたけれど、だんだん足も疲れてきた。まだ日は高いようだけれど、そういえば食料もなにも持ってきていない。お腹はまったく空いていないから、……いいんだけど。
生い茂る木々の隙間から、太陽の位置をチラチラ確認しながら歩いていると、なにかにつまづいて転びそうになったところを、とっさに手をだしたノアが支えてくれた。あやうく転んでしまうところだった。
「大丈夫?怪我してない?」
「ありがとう。大丈夫。」
足下をみると、大きめの石のような、小さめの石像のような物が地面に埋まっていた。
「この石につまずいたみたい。……なにか、彫ってあるよね。顔、かな。ここが目で、ここの部分は、耳、かな。」
「ほんとだ。顔に見えるけど、ずいぶん崩れてるね。」
「でも、かわいい顔してるよ。笑ってるみたいに見え……」
土をはらって、少しでも綺麗にしてあげようと石像に触れた瞬間、ぐらりと視界が揺れた。めまいがして、思わず地面に手をついた。
「エミリア!大丈夫?どうしたの?」
焦ったノアの声をすぐ近くに感じる。一瞬だけ貧血のように真っ暗になったと思ったけれど、とくに気分も悪くない。ものすごく近くにあるノアの顔から、少し離れて、安心させるよに笑う。なんとなくなんだけど、ノアは私の事を心配しすぎると思う。
そんなに危ない事なんてしないのに、と思って気がついた。そうだった、崖から落ちたから。目の前で崖から落ちて大怪我したら、そりゃ、心配するよね。ごめんなさい。私のせいだった。もうしないから、あんまり心配しないで。
「大丈夫。心配しないで。めまいがした気がしたんだけど、気のせいみたい。」
疑わしそうに、ジッと見つめられえて、苦笑いしてしまう。ほんとに気分は悪くないし。もうそうそう崖からなんて、落ちないと思う。
「本当に、気分は悪くないの。この石像に触った時に……」
と言いながら、石像に触ろうとした手が止まる。さっきまでいた場所と景色が違う。石像があるのは同じだけれど、草木が生い茂る森にいたはずが、今は岩場の多いひらけた場所にいた。木々の隙間から見えていた空が、今は遮るものも無く、雲ひとつない空を見渡すことができる。
「んん?あれ?ここは……?」
ふたりでキョロキョロ辺りを見渡してみても、なにが起こったのか、さっぱり分からない。まばたきするような一瞬で、違う場所に来てしまった。
「ここ、……さっきと違う場所だよね。この石像みたいなのを触ったら、違う場所に来たんだよね?もう一回触ったら、また違う場所に行くのかな?」
面白くなって、また石像を触ろうとしたら、ノアがその手をとって、慌てて止められてしまった。焦ったノアの顔がすぐ目の前にある。
「また違う場所に着いても、それがどこか分からない。どんどん迷って、帰れなくなってしまうかもしれない。」
「そっか。そうだね。」
ここがどこか分からないけれど、また違う場所に着いても困るかもしれない。
さて、どうしようかと辺りを見渡してみる。もう慣れてしまったけれど、小さい子達も当たり前にいる。さっきより少ない気はするけれど、森の中には居なかった色の子もいた。そこらにある岩の色とそっくりな色の子達もいる。
そうか、色の違いはそこに在るものの色なのかもしれない。この子は岩の子?
緑の子は草?黄色い子は花?……答え合わせみたいで、面白い。
ここでもやっぱり、透けている子には触れない。この子達がなにかは、分からないけれど、触ろうとすると、嬉しそうにすり寄ってくるのが、素直にかわいい。みんな、機嫌が良いのかふわふわ上下したり、踊っているように見えた。
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