第8話 真ん中の木

 大きな木の家の中に入ると、ノアが持ってくれていた私の靴の汚れが、一瞬にして綺麗になった。今までついていた泥汚れは、どこに行ったのかなとは思ったけれど、あまり考えないようにする。分かるわかないし。ノアがひざまずいて長靴を脱がせてくれてから、私の靴を履かせてくれた。


「この靴、もとの場所に戻してくるから、ちょっと待っててくれる?」


 そう言って、奥の戸がついていない部屋のひとつに向かって走って行った。

ひとりになって、改めて拾いホールを見渡して見る。真ん中あたりにある大きな木に歩いて近づいてみた。青々と茂ったとても立派な大きな木だ。木肌は白っぽくてさらさらとしていて、触り心地がいい。土がなくて床から直に木が生えている。


 ぐるりと木の周りを歩いてみると、ちょうど黒い扉から反対側の、木の後ろ側に大きな洞があった。その空いた穴の中に、なにか入っている。少し高い所にあるのでよく見えないけれど、布か紙のような物がたくさん入っているようだった。


「おまたせ。エミリア、なに見てるの?」


「この洞のところに、なにか入ってるの。」


「え?なんだろう?」


 ノアが背伸びしてよく見ようとする。ノアはわたしよりもっと背が低いので、」よく見えないようだった。もっとよく見ようと木に近づいて、手をついてつま先立ちになった拍子によろめいた。アッと、こけてしまう前に体を支えた瞬間、いきなり木がビカッと光った。一瞬だけ眩しく光ったと思ったら、すぐに元の状態に戻っていた。ふたりで顔を見合わすと、お互いにビックリした顔をしている。


「今、光ったよね?なんだったんだろう。」


「ノアも光っっているの、見たことないの?」


「はじめて見た。この木に触った事って、あったかな?どうだろう?……でも、今触っていても、なにも起こらないみたいだ。」


 不思議そうにノアがペタペタと木に触ってみるけれど、なにも起こらない。二人で木の周りを触りながら歩いてみたけれど、光らないし、なにも起こらなかった。ノアにも分からない不思議なことだけれど、ここで、ずっとこの木を調べている訳にもいかない。靴もみつかったし、ずっとここには居られない。まだ不思議そうに木を触っているノアに声をかけた。


「ノア、あのね、私、靴も戻ってきたし、村に帰ろうと思うの。何日くらい経ってるのか分からないけど、家で家族が心配してると思う。」


 私の顔を見てから、ノアが悲しそうに目を伏せる。少しの間だったけれど、ここから出てノアと離ればなれになる事が、とても悲しいことに思える。なぜか、ここでふたりでいることの方が、自然な事のような気さえしてくる。でも、帰らなければ。せっかく仲良くなれたのに、さみしいけれど。


「雨の中を助けてくれて、ここまで連れて来てくれて、ありがとう。ノアに助けてもらえなかったら、どうなっていたか分からない。本当に感謝してる。」


 まだ俯いているノアに、なるべく優しく聞こえるように、話しかける。ここで、もう二度と会えないような別れ方をしたくなかった。


「たまに、会いにきてもいい?」


「エミリアと一緒に行く。エミリアと一緒に村に行って、そこでエミリアと一緒にいる。ここには、たまに様子を見に帰ってくる。」


 まっすぐに顔を上げて、真剣な顔でノアがハッキリと言い切った。あまりの言葉にに私の方が驚いて、狼狽してしまう。ノアは決意した目で私をジッと見つめている。


「え?ど、どうして?ここはノアの家でしょう?この家からでるの?どうして私と一緒に、……もちろん、一緒に村に行くのは、嫌じゃないんだけど……。」


「ここには、両親が眠っているんだ。あ、言葉のままだよ。大丈夫。本当に、眠ったままなだけで、生きてる。それで、ひとりで、いつか起きてくれるのを待ってたんだけど、ずっと、今も待ってるんだけど、これからは、エミリアと一緒にいたいんだ。」


 照れたように顔を赤らめながらも、まっすぐに私の目をみて、ゆっくりと伝わるように話すようすに、心を打たれる。


「外は危険だから、ひとりで出てはダメだって言われていたんだ。外の人にも見られたら、いけなかったんだけど。ずっと、約束を守っていたんだけど。……エミリアと離れていたくないんだ。……僕、外の事はなにも知らないから、迷惑になるかもしれないんだけど……、すぐに覚えて、頑張るから、だから……」


 ずっとひとりでいたら、心細いし寂しいと思う。そう思っているのに、どうして私まで顔が赤くなってしまうんだろう。なんだか、私と一緒にいたいと言われているようで照れてしまうんだけど、そおゆう事じゃないのは分かる。もうひとりでは、いたくないんだよね。ずっとひとりは、さみしいよ。


「迷惑なんて思ってないよ。ノアがいいなら一緒に行こう。私の家ね、宿屋なの。もしかしたら、働いてもらわなきゃいけないかもしれないけど、空いてる部屋はたくさんあるだろうから、ノアがよかったら一緒に行こう?それで、ここにも戻ってこようね。」


 ふたりで思わず笑顔になる。なんだか、これからの毎日が楽しみになってきた。ノアが嬉しそうに笑いながら、手を繋いできた。


「それじゃ、行こうか。」


「ま、まって、ノア。荷造りとかしなくていいの?またここにも来るけど、着替えとか、大事なものとか、なにか持って行く物はない?」


「特に持っていく物はないけど、なにか必要なものがあるの?」


 そう聞かれると困ってしまう。ノアにとって必要な物がなにか分からない。着替える服とか、家になにかとあるだろうし。


「う~ん。必要になったら、また取りに来ようか。」


そうしてノアはなにも持たずに、ふたりで手を繋いで、この不思議な家を出た。

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