第7話 平凡なはずの私

 1階の真ん中に大きな木が生えている広いホールに戻ってきて、黒くて大きな両開きの扉の前まで来ていた。


「もし、まだ雨が降っていたら、雨が止んでから靴を探そうね。」


 この家には窓がひとつも無いから、外の様子が分からないらしい。

ノアが黒い扉に手をかざして、ふたりで大きく一歩踏み出して、外に出た。


 雨は降っていなかった。久しぶりの外の世界は、眩しくて、雨上がりの森の良い香りがして、そして、私の知っている世界とは、まったく違って見えた。


 ゆっくりと周りを見渡すと、知らずにガクンと膝の力が抜けて、崩れ落ちるように地面に手をついていた。


「え?なに?どうしたの?大丈夫?どうしたの?」


 ノアが心配してオロオロしているけれど、それどころではなかった。

気持ちを落ち着けるように、深呼吸してから、顔を上げてノアに聞いてみた。


「あの、小さいのがいっぱいいるの、ノアにも見える?」


「え?」と言って、ノアが立ち上がって、周りを見渡した。


「小さいのって、何のこと?」


 ノアには何も見えていないようだけれど、必死に周りを見渡してくれている。

そう、小さいの、他になんて説明したらいいんだろう。緑や紫、黄色いのや、いろんんな色の、人や動物でもない。虫より大きくて、小動物よりは小さい。そこら中にたくさんいる。飛んでいるのも、地面に転がっているのもいる。


 森の木々や草や土は見慣れた景色なのに、見たこともない、この生き物?達は。

これは、なに?……こわい。私、どうなってしまったんだろう。こわい。髪の毛が赤くなって、本当にそれだけ?ううん。髪の色が変わる事だって、十分おかしな事だったんだ。こわい。どうして?なにがあったの?あれはなに?こわい。どうやったら元にもどるの?混乱して、怖くて、体の震えが止まらなくて、涙が止まらない。


「エミリア。エミリア。エミリア。……エミリア。」


 どれくらいそうしていたのか、気がついたら、ノアに抱きしめられていた。

叫んでいたのか、喉がいたい。離れようとすると、そのまま背中を優しく撫でてくれた。肩越しに周りを見ても、やっぱり小さいのは、たくさんいる。


 優しく撫でられながら、ぼんやりその小さい生き物達を見ていたら、向こうの方から、その小さいの、の集まりが、ゆっくりゆっくり、こちらに向かってきていた。

飛んだり、跳ねたり、土埃をあげながら、それぞれに変わった動きをしている。少しずつだんだん近づいてくる。


「……ノア?あの土埃の所、なにに見える?振り向いて見てくれる?」


 心配そうに私の顔を覗き込んでから、ゆっくりと振り向いて、周りをじっくり観察してから、教えてくれる。


「……なにか、土が舞ってて、土、……いや、……靴?が、風?で転がってきてる?」


 不思議そうに、汚れた靴を凝視しているのが、だんだん可笑しく思えてきた。

ゴロンゴロンと泥だらけの靴が、ゆっくり転がってくる。ノアには見えていないようだけれど、小さい子だちが協力しあって、体当たりしながら運んでくれている。


 なんとなくだけれど、小さい子たちは楽しそうに見えた。ひと際ぐるんぐるん旋回している子は、あきらかに面白そうに、楽しそうな動きをしている。……気がする。


 どこから運んでくれたんだろう。たぶん遠くにあったんだよね。小さい子たちにとっては重たくて、持てなかったんじゃないのかな。それなのにどうして、そんなに一生懸命に運んでくれるの?なにも、頼んでないのに。どうして?……やさしい。とても親切で、……やさしいんだね。


 なにも分からないけれど、分からないことを、怖がるばかりでいいのかな。

こんなに、楽しそうに運んでくれているのに?なにも悪いことしてないのに?


 とうとう目の前で、靴が止まった。なぜかこの靴が、私の物だと分かっているみたいだった。ここまで靴を運んでくれた子達が、わらわらと私の周りに集まって、飛んだり、跳ねたり、私の頭や肩に乗ったり、戯れている。


 手のひらに乗ってきた子を、持ち上げてみると、とても軽い。薄い桃色で、全身がつるんとしていて柔らかく、毛はない。このピコピコ動いているのは、指はないけれど、手足かもしれない。全体的に丸いフォルムがどことなく、なんとなく可愛く思えてくる。模様や目や口は見当たらないけれど、なにかポコポコと凹んだり閉じたりするたびに微かに音がしている気がする。


 もしかしたらの想像だけれど、「ここだよ!ここだよ!」「あったよ!あったよ!」「ほめて!ほめて!」なんて言っているような気がする。可愛い。なんだか、思わず微笑んでしまう。「ありがとう。」と声にだして言ってみると、くるんくるんと回ったり、口?をパクパクしたり、みんな喜んでいるように見えた。やっぱり、なんだか可愛い。


 他の子にも触ってみようと手を伸ばすと、緑色で透けている子には触れなかった。

透けていない子達は触れるみたいだったので、いろんな色の子達にお礼を言ったり、よしよしと撫でてみたりしていると、恥ずかしがる子や、弾んで喜ぶ子など、それぞれ反応が違って、面白い。


「どれぐらいの大きさなの?これくらい?」


 ノアが両手を少し離しながら聞いてきたので、近くにいた黄色い子を、自分の手でふんわり包み込みながら教えてあげた。


「これぐらい。大きさはみんな同じじゃないけど。」


「小さいんだね。僕にも見えたら良かったのに。」


 ノアがとても残念そうに言った。私と同じものを見ることが出来ないのが、とても残念だと、私の手を見つめながら、呟いた。


「私の靴を届けてくれたんだと思う。とっても優しいよね。初めて見た時には、ビックリしてちょっと怖かったけど、いろんな色の子がいて、とっても可愛いの。」



「エミリアの靴を届けてくれて、ありがとう。」


 ノアが私の靴を大事そうに持って立ち上がると、小さい子達にむけてお礼を言った。頭をさげてから周りを見渡すと、私の手をとって立ち上がらせてくれた。そして、スカートについた土をはたいてくれる。


「とりあえず、もう一度家に入ろうか、靴を綺麗にしないといけない。」


「そうだね。このままで履けないし。洗って綺麗にしないと。」


 手を繋いで振り返ると、とても大きな木に、さっき見た黒い扉がついていた。ぼんやりと光っているようにも見えた。大きな木の家の中に入る前に、振り返ってもう一度、小さい子達を見た。この扉からまた出てきた時に、今までのように、見えなくなってしまっていたら、寂しいだろうなと思った。

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