第5話 魔女の森の家

「うわあ~ああ」


 思わず声がでて、落としそうになったトレイを、ノアがすかさず持ってくれた。

そこには、天井が見えないぐらい高くて、明るくて、円形の、もの凄く広いホールのような場所が目の前に広がっていた。壁づたいに下から上の方まで階段がぐるりと螺旋のように続いていて、ノアの部屋から一歩出ると、その階段の途中部分に出てくるようだった。


 ホールの真ん中あたりに大きな木が生えていて、今は、その背の高い木の天辺と同じぐらいの、高い場所にいる事が分かる。建物の3階ぐらいの高さだろうか。少し足がすくむ思いがする。側面の壁には上から下まで、至る所にたくさんの色とりどりの扉が付いていて、とてもたくさんの部屋がある事が分かる。


不思議なのは、扉は必ずしも、階段の上についている訳でもなくて、等間隔でもなく、バラバラな場所に自由に扉がついていた。もしかしたら扉は、ただの飾りなのかもしれない。


 1階らしい場所にだけ、外枠だけで戸がついていない部屋が幾つかあった。あんまりにも広くて、大きくて圧倒されてしまう。


「とっても広い家だね。本で見たお城みたい。それに、いろんな色の扉がとってもキレイだね!」


「そう?地下もあるらしいんだけど、今は入れないんだよ。」


 キョロキョロとあちこち見渡している私に笑いかけて、先に階段を下りながら、ゆっくり優しく手を引いてくれる。しばらくそのまま階段を下りて、ふと後ろを振り向いた時には、さっきの赤い扉は無くなっていた。


 1階まで下りてきて、戸がついていない奥の部屋に入ると、そこはどうやら厨房のような、食堂のような広い部屋だった。あちらこちらの何か所にも、木が植えてあった。そのせいで初めは気づかなかったけれど、テーブルと椅子のセットや、食器棚もあった。引き戸が付いた家具や、棚等もいくつもあって、隅には大きな木の箱が積み上げてある。ノアの殺風景な部屋と違って、とてもゴチャゴチャとした印象の部屋だった。


 ここも丸い形の部屋で、端の作業台のような机の上の壁には、細長い枝が何本も等間隔に刺さっていた。ふとノアを見ると、食器棚のような所に、トレイごと空になったコップやお皿を片付けようとしていた。


「待って。まだ洗ってないよ。洗い場はどこにあるの?」


「洗い場?ってなに?」不思議そうに首を傾げた。


「水が出てきて、食器とか汚れた物を洗うところだよ。井戸から水を汲んでくる家もあるよ。」


「ふーん、井戸?はないけど、水はでるよ。」


 そう言って、手を繋いで壁際の作業台の所に連れて行くと、壁に刺さった枝の1本を下に向けた。すると枝の先端から、勢いよく水が出た。作業台の上に落ちて、床が濡れてしまうと思った瞬間に、流れ出ていた水がすべて消えて無くなった。机も床もどこも濡れていない。……なるほど?なるほど、なるほど。戸惑う。戸惑うけれど。


「便利!これ、すっごい便利だね!お水がこの枝からでるの?お皿を洗わなくてもキレイになるのね?すごいね!」


 だんだん楽しくなってきた。ここは、魔女の家だもの。魔女の森の、魔女の家。

不思議な部屋に、いろんな色の扉に、家の中にある大きな木。どんな仕組みか分からないけれど、この家には、便利で楽しい魔法の仕掛けがいっぱいあるんだ。


「これ、魔法だよね。こっちの枝からも水がでるの?ノアも魔法が使えるの?魔法使いみたいに、箒で空を飛べたりできる?」


 楽しくなって、浮かれながらノアに問いかけると、思いがけず戸惑った顔で、首を傾げていた。


「魔法?水がでるのが、魔法なの?ほうきで空って……?僕は、魔法ってゆうのは使った事はないけど、……魔法使い……?」


 困ったような顔に、浮かれていた気分が、シュルルルと音をたてるように萎んでいく。あの赤い扉とか、この家のことで、てっきり魔法かと思ったけれど、違ったのかも。そもそも魔法がなにか、詳しく知っている訳じゃない。


「あの、私もよく知らないんだけど、私の家は枝から水がでないから、魔法なのかなって……、魔法が使える、魔法使いってゆう人がいて、ほうきに乗って空を飛んだり、いろんな不思議な魔法とか、呪いを……えっと、本で見た事がある気がして、……それから、魔女の森には……!」


 そのまま、つい失礼な事を口走りそうになったので、慌てて口をつぐむ。

魔女が悪者って決まった訳じゃないし、魔女の森に入ってはいけない理由を知ってる訳じゃないし、とにかく、ノアは良い子だし。魔法が使えても、知らないのかもしれないし。魔法みたいな不思議な家に住んでるからって、魔法使いとは限らないのかもしれない。そういえば、ずっとひとりで居たって、……言ってたような。


 汗がでてきては、途端に乾いていく感覚が、変な感じだなと思いながら、なにか言わなくちゃと思うけれど、なんにもうまく言葉がでてこない。


「……絵本で、読んでもらった事が、あるような気がして、楽しそうだなって、だから、怖いとかじゃ……なくて、魔女の森に、魔女がいても、私は……」


 困った。やっぱり、なにか言い訳みたいになってしまう。


「……魔女……の、森……。」


 表情は見えないけれど、俯いてあごに手をおいて、なにか考え込んでいる。

もし、私の住んでいる家が、魔女の家と言われて、遠巻きにされていたら、とても悲しいと思う。うまく言えないけれど、自分がなにか間違っているのは分かる。


「魔法はよく分からないけど、本がたくさん置いてある部屋はあるよ。魔法とか、魔女の森の事が載ってある本が、探せばあるかもしれないよ。いろんな本がたくさんあって、とっても楽しいよ。一緒に行こう。」


 機嫌の良さそうな笑顔で、手をとりながら、私の顔を覗き込んでくる。

気まずくならないように、気遣われてしまった。困った顔にならないように気をつけながら、その気持ちに応えようと、笑ってうなずいた。


 広いホールを横切って、さっき下りてきた、壁から突き出ている木製の階段を上り始めた。幅は広いけれど隙間が空いているし、手すりが無いので、手で壁を触りながら一歩ずつあがる。ノアが後ろについてくれるけれど、やっぱり少し怖い。


 しばらく上ってから、そおっと下を覗き込んでみたら、真ん中の木がはるか遠くに見えて、結構な高さだった。足がすくむのを励ましながら、また一歩踏み出そうとした時に、靴を履いていない事に気がついた。寒くも、床が冷たくもないので、今まで気がつかなかった。


 きれいな色の扉を何個も通り過ぎて、ようやくたどり着いた黄色い大きな扉の前まで来ると、ノアが手を繋いできたので、ふたりで一緒に部屋の中に入った。

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