第4話 赤くなった、私

 夢の中で、私を見たいた。そこは、どこか外国みたいな場所だった。

とんでもなくインフラが遅れていそうな、田舎の村に住んでいる。

よく言えば、自然豊かな長閑な村で、自給自足?地産地消?とにかく見た事もないほどの、……村だ。そこで、わたしは、幸せに暮らしていた。


 なにかのお店?……ああ、宿、宿屋さん。を経営しているみたい。そこでも姉弟がたくさんいて、まだ辺りが薄暗い程の朝早くから、みんなそれぞれ忙しそうに働いている。そこでの私はなんだかいつも、ぼおっとしたり、ふらふら歩き回ったりしている。そしていつも、なんだかいろんな人に怒られている。いやいや、ちゃんと働きなよ!私!働いてないから、怒られてるんでしょ?


 あれ?でも私、まだ子供だよね?何歳だったっけ?見た感じ、十、一二歳?

もっと小さいかな?細っこいから、そう思うだけ?うん?子供って働くんだっけ?

あっ、そうかお手伝い。家の手伝いだね。そうそう、じゃ、手伝わなくちゃ。


 ほらほら、お姉さんが井戸で水汲んでるよ。大変そうだよ!お手伝いしたらどうよ、私!それにしても、そもそもこの家って水道ないの?そんなに田舎?……水道?

水道って、……なんだっけ?なんだか、頭の中が、ごちゃごちゃに混乱している。

お水は、井戸で汲むよね?水瓶をいっぱいにするんでしょ。……蛇口って、なに?


 ここ、私の住んでる世界じゃないみたい。ねえ、わたし、どう思う?

私、この村で暮らしてるんだよね。分かってるよ。……でも、なんだか、ここって、不便すぎない?待って!ごはんとか、トイレとか、お風呂とかどうなってるの?


 なんだか分からなすぎて気持ちが悪い。だってお風呂に入れないとか、辛すぎるよね?汚れたら、いや汚れてなくても!綺麗に髪や体を洗って、毎日、ゆっくりお湯に浸かりたい!……ああ、温泉のこと?あ、なんだ。温泉あるの。じゃ、大丈夫!


 突然にパッチリと目が開いた。スッキリとした気分の清々しい目覚めだった。

不思議な夢をみていた気がするけれど、起きた途端にすっかり忘れてしまった。

いつもの、よくある事だとは思うけれど、まだもう少し夢の中にいたかった。


 さっきと違って一人で寝ていたようで、ベッドの中には誰もいなかった。

大きなベッドから這い下りて、今いる部屋の中を見渡して見ると、広くて丸い形の部屋だった。窓はないけれど、部屋全体が明るくて、木の良い香りがしている。


 家具は小さな箪笥に、机と椅子がベッドの近くに置いてある。壁には大小さまざまな大きさの、綺麗なタペストリーが掛かっている。部屋の中は広々としているけれど、家具らしい物が少ないせいで、少し殺風景に感じてしまう。


 たぶんいつもの様に寝癖がついているだろうし、とりあえず手ぐしで髪を整えようと、髪に触れると、強烈な違和感に気がついた。


「え?なに?どうして?」


 驚くことに、髪の毛が赤くなっていた。真っ赤。赤毛よりも、もっと真っ赤。

すごく赤!ものすっごく赤い。とっても鮮やかに赤い。え?なんで?どおゆう事?

私の髪は、ふわふわの綿毛みたいなくせ毛で、そのせいでふだん視界には入らないけれど、元もとの髪の色は茶色だった。普通に地味なただの茶色でした。絶対。


 いいろんな部分の髪の毛を、手で掴んで引っ張って確かめてみたけれど、どこもかしこも全部が、赤い。なぜ?猛烈に鏡が見たい!顔は私のまま?なんとか確かめようと、顔や髪をあちこち触っていると、いつの間にか、さっきの黒髪の男の子が木のトレイを持って部屋に入ってきていた。……そこに、扉なんてあったっけ?


「起きてたんだね。お腹すいてないかな?食べる物を持ってきたんだ。起きたら、なにか食べた方が……」


「鏡ないかな?鏡、あったら貸してくれない?」


「鏡?鏡って、姿が映るあの?どこにあったかな。探したら、どこかにあると思うけど、……なにするの?」


「鏡で確かめたくて!髪、私の髪の毛が赤くなってるの!元もと赤かった訳じゃないの。起きたら赤くなってたの。そうだ!さっき起きた時には赤かった?いつから赤かったのか、分かる?」


 早口でまくし立てたので、息が切れた。木のトレイを机に置いてから、男の子が飲んでとゆうように、コップを差し出した。木のコップだった。一口飲むと、水ではなくて、美味しい果実水だった。半分ぐらい飲んだら少し落ち着いてきた。椅子に座って、コップをテーブルに置いてから、男の子の言葉を待つ。


「とても似合ってるよ?どこも変じゃないよ。とっても可愛いよ。」


 ニコッと笑いながら、コップを手に取り、ゆっくりと同じ果実水を飲んだ。

それ、私が飲んだコップなんだけど。……じゃなくて。


「体は大丈夫?元気そうには見えるけど、どこも痛い所はないかな?」


 ハッと初めて気がついた。そういえば、ひどい怪我をしているはずだった。

咄嗟に手のひら見たら、かすり傷ひとつもない。足を上げて見ても、傷跡も、痣のひとつも見当たらない。あんなにどこもかしこも激痛で、まともに動けなかったのに。体中のいろんな所を触って確かめてみても、どこにも怪我をしていない。言われるまで忘れていたぐらいなので、どこにも痛みはない。


「どうして、怪我が治ってるんだろう……。」


 思わずでた呟きに、男の子が、たくさん寝たからねと言って、笑った。

そこはかとなく、不安な気持ちになる。……なにかが、おかしい。

木のトレイの上には、木製のコップとお皿がひと組。お皿の中には干した果物のような物が、2粒はいっていた。ぼんやり見ていると、男の子が心配そうに、顔を覗き込んでくる。……少し、怖い。私、この子の事も憶えてない。分からない事だらけ。


「ごめんなさい。私、あなたの事も憶えてない。名前も、……どこかで会った事があるのかも。なにも。」


 話しているうち、だんだん気持ちがしぼんでくる。男の子の表情もどんどん暗くなっていく。うつむいて、辛そうに、手で服の端を握りしめている。そうして、ゆっくりぽつりぽつりと、自分のことを話してくれた。


「僕の名前は、ノア。……話したことは、あの雨の日が初めてなんだ。外の人とは、話しちゃだめって言われていたから。本当は、外にも出ちゃだめなんだけど。両親が眠って、起きなくなってから、ずっと一人でいたんだけど。……初めて一人で外に出た時に、エミリアに出会って、……でも、うまく話せなくて。……名前も、本当は教えたかったんだけど、……すぐには、声が出なくて、……話したことはないんだ。だから、……僕は、……知らない人だ。……ごめんなさい。」


 話し終えると、辛そうに目を閉じてしまった。泣いてしまうのを必死で堪えているその姿に、のっそりと重く罪悪感が伸し掛かってくるのを感じる。ずっとひとりでいた、こんな小さな子に、私はなんてひどい事を……。


 私が忘れていたばかりに、こんなに辛い話しをさせてしまって。そうだ、崖から落ちた時にでも、頭を打ったんだ。あの時、頭もズキズキと痛かった。あの雨の中、あの場所から、ここに運んでくれて、こうして助けてくれたのに、私は……。


「ごめん。わたしの方こそ、ごめんなさい。忘れちゃってて。助けてくれたのに。あのまま、あの雨の中にいたら、私、どうなってたか分からないもの。だから、助けてくれて、ありがとう。」


ノアの両手をとって、もう知らない人じゃないよ、と教えてあげた。するとみるみる顔が真っ赤になって、なにやら凄くモジモジしている。なんだか、私まで恥ずかしくなってきてしまう。こんなに小さな男の子とはいえ、勝手に触っちゃいけなかったのかもしれない。


 さりげなく手をはなして、空気を変えようと、お皿の上の実を1粒手にとって、

ヒョイッと口に放り込んだ。思ったより、ねっとりとした歯ごたえがあって、濃厚な甘さが口の中にひろがる。


「とっても美味しいね。なんて言う果物なの?」


 ノアがコテンとと首をかしげた。そうすると顔が良く見えて、とても可愛い。長い髪の毛のせいで、普段はよく顔が見えないのが、もったいなく思ってしまう。


「果物かどうかは分からないけど、この実の名前はデンツだよ。食堂の木になってるんだ。1粒でお腹がいっぱいになるよ。」


「……そう、なんだ。」


 たしかに、こんなに小さな実を1粒食べただけなのに、お腹がぽかぽかと温かくなって、もうお腹がいっぱいになった気がする。手でお腹を触ると、温かかった。


 髪が赤くなったのも、怪我が治っているのも、小さな実1粒で満腹になるのも、不思議で、知らなくて、分からないことばかり。だから、なんとなく漠然とここは、魔女の森なんだな思った。本当に魔女が住んでいるのか、魔女の森がなんなのかも知らないし、分からない。


 たしか、村では魔女の森の話も近づく事も禁じられていて、話題にするのは怒られるような事だった気がする。それなのに、どうして魔女の森に入っちゃたのかは思い出せないけれど、一刻も早く帰った方がいいと思う。


 あんな大怪我が、跡形もなく無事に治ったんだし、髪が赤くなったぐらい、なんでもない気がしてきた。そのうちに見慣れるだろうし、なんなら今もうすでに、気にならない。視界に入らないし。


 考え事をしているうちに、ノアもお皿の実を食べ終えていた。ちゃんと後片付けをして、お世話になったお礼を言って帰ろうと思う。


「お皿を片付けるの、手伝ってもいい?」


 トレイを持ちあげながら聞くと、ノアは嬉しそうに、うなずいて微笑んでくれた。素直でとても可愛い。こんなに小さい子を残して帰ってしまうのは、正直胸が痛む思いがする。でも、ここには両親と住んでいるようだしと、なんとか自分に言い聞かせて、努めて明るく声を出した。


「そういえば、部屋の扉が見当たらないんだけど、どこから出入りするの?」


 にっこりと笑って、ノアが手を繋いできた。手を引かれるままに壁際まで歩いて、繋いでいない方の手を壁にかざすと、指の先の壁から赤い複雑な模様が幾つも浮かび上がって広がっていき、みるみるうちに、鮮やかな赤い扉となって現れた。


 初めて見たけれど、見る間に変化していく様が、とても繊細で美しくて、珍しさに目を奪われた。完成して出来上がった扉には取ってが付いていたけれど、触れる前に勝手に扉が開いたように見えた。呆然としている間に手を引かれていて、ふたりで一緒に、この不思議な部屋を後にしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る