第2話 雨の中
どこか遠くの方で、雨が降っている音がしている。
微かに雨の音がする以外は、とても静かで日なたのようにぽかぽかと暖かい。
どこかから、やさしく花のような香りがして、とても居心地がいい。
ふわふわと浮かんで、くるんと回ったり、ポヨンと弾んでみたり、とても楽しい。このまま、いつまでも、ずっとここで、ふわふわ心地よく漂っていたい。
それなのに遠くで聞こえていた雨音が、だんだん大きく耳障りになってきていた。どこかで子供が泣いている声が聞こえてきたけれど、姿は見えない。
「……エミー……エミ……リ……ア……エミリア……!」
どこかで誰かが、泣きながら名前を呼んでいる。
エミリアって、誰のこと?……もしかして、私のこと?
私の名前、エミリア?……う~ん?……そんな気がするような、しないような?
「……エミリア……おねがい……おきて……目をあけて……」
ああ、そうか、私、眠ってるんだ。……でも、まだ、眠っていたい。
もうすこしだけ、あとちょっとだけ、もう少ししたら起きるから、このまま……
居心地の良い夢の中が名残惜しくて、目を開けて起きるのをためらってしまう。
ふと冷たい風がおでこをかすめて、前髪を巻き上げた感触がした。
ポツポツポツと、絶え間なく雨粒が顔に落ちてきている……?
え?私、外で寝ている?どうして外で?早く起きなきゃ!
と思った瞬間に、どこか高い場所からヒューーーンと落下する感覚に目が覚めた。
「うひゃあ~ああ~あ!」
心臓がバクバクと破裂しそうに脈打っている。呼吸が苦しくて咽て咳き込んだ。
落ちたと思ったけれど、私の体は初めからここに横たわったままだったようだ。
しっかり目が覚めたのはいいけれど、そこからが大変だった。
まず。思っていたよりも3倍は激しく雨が降っている。
こんな土砂降りの雨の中を、どうして今まで眠っていられたんだろう。
まあ、そんな事よりも、なによりも、とにかく、とにかく!
「痛~い!あちこち痛い~!足が、腰が、背中も、頭も、どこも全部いった~い!
なんで?どうして?」
どこもかしこも軋む音が聞こえてきそうに痛むし、あちこち擦りむいているみたい。手のひらの擦り傷に気をつけながら、とにかくゆっくり上体を起こしてみる。
泥だらけどころか、泥の中から今這い出してきましたとゆうぐらい、泥まみれ。
えええ?私は、何をしていたんだっけ?ここは、どこだろう?
ため息を吐きつつ、片手で体を支えながら周りを見渡して見る。
激しすぎる雨のせいで視界が悪いけれど、目を凝らしてよく見てみると、すぐ側でうずくまっている子供がいた。
驚いて叫びそうになったのをなんとか堪えてから、声をかけたけれど反応はない。
背中が微かに上下に動いているので、寝ているのかもしれない。泥人形みたいになっている私には、言われたくないだろうけれど、頭を地面につけているので、長い黒髪が泥に絡まっていて、大変に汚い事になっている。
こんな所で寝ていたら風邪をひいてしまうし、なんとか起こしてあげなくては。
体を少しひねって、泥だらけの子供の体をなるべく優しく、すこし揺すってみた。
「もしも~し、起きて~、イテテ。ここで寝てたら風邪ひくよ。イタタ……。」
それにしても、そこら中が痛い。足を挫いているのか、ズキズキと痛む。
足首を触ってみると、出血はしていないようで、少しホッとする。良かった。
カバッと音がする勢いで、隣で寝ていた子供が泥を巻き上げながら顔を上げた。
「エミリア!よかった!生きてた!僕、間に合わなくて!ごめんっ!僕……!」
泣きながら話してくれた話しによると、私はつまずいて小さな崖から落ちたらしい。つまづいて、崖……!……小さいけど、崖!
憶えてないけど、全然、憶えてないけれども!
もしかして、危なかったんじゃ?命が危険だったんじゃないの?
この男の子のことも思い出せないんだけど、どうやら助けようとしてくれたみたい。
長い黒髪のせいで顔が見えなくて、そもそも泥だらけで顔立ちは分からない。
「エミリア、大丈夫?どこかケガしてない?どこが痛む?」
必死にあちこち触りながら、心配してくれている。……誰かは、まだ分からないけれど、知っているなら、早く思い出せたらいいのになと、まだぼんやりしてズキズキと痛む頭で思った。
「……どこもかしこもが、イタい。」
男の子は焦ったように立ち上がりながら、私の手を持ち上げた。
「エミリア、僕の家に行こう。ここから少し歩くけど、歩けないならおぶって行くし、僕と手を繋いでいたら、エミリアも中に入れると思うんだ。行こう。」
思いのほか強い力で手を掴まれたけれど、ゆっくり優しく抱き起してくれた。
話しているうちに、いつの間にか、小雨に変わってきていた。地面がビチャビチャで歩きにくいし、足はズキズキ痛いし、頭はガンガンと痛む。
男の子に支えられて歩きながら、まだぼんやりする頭で、ゆっくり考えてみる。
この男の子は誰だったかな。私は何をしていたのかな。そもそも、わたしって、私は……
息が上がって、頭が痛くて、ゼーゼー息をしながら、だんだん薄れていく景色をどこか遠くの方に感じながら、ゆっくりと意識を失ってしまった。
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