第28話 ヘッドフォン
耳を塞ぎたくてヘッドフォンをつける。
耳の数は四つ。ヘッドフォンは一つで二つの耳を覆うタイプなので、とりあえず二つの耳だけ。
自分を森で拾った魔女が、戯れに人と獣を混ぜる時に、取捨選択を間違えた。獣のように強くしなやかな身体と、それでいて人のようにしつこく獲物を追い続け、獲物が弱ってから連れて帰って来られる知恵を選択した時に、加減がうまくいかなかったらしい。
耳は四つ。人のものと獣のもの。人のものは鈍いけれど、あまり遠くの音や周囲の雑音を聞きたくないときは、いい。獣の耳を隠すと、魔女がちらりとこちらを見た。
「私の、歌が、聞きたくないっていうの」
口の動きで分かるし、そもそも人の耳の方でははっきり聞こえている。
「そういう訳ではなく」
「じゃあ何」
それほど音痴な訳でもない。けれど歌詞に全く情念がない。声音は小鳥のようでいて、何にも伝わるものがなく、味気なさすぎる。
「夜更けに大声で歌うものじゃないですよ。それに、それは愛の歌なのに、愛の歌を歌うような感じの、歌い方をしてないでしょう」
「それはそう」
「本音の部分が透けて見える。どうでもいいっていう部分が。獣の耳があまりによくできているので、聞き分けができすぎて煩わしいんです」
「あら、そう」
取っちゃおうかしら、と魔女は言う。そんな耳、取ってしまおうかしら。気まぐれな魔女だ。
改造され、目覚めるまでに何百年も過ぎ去っていて、もう帰る場所もない自分は、魔女の気まぐれに生かされて、ここにいるだけ。
「ヘッドフォンで好きな音楽を聴く自由だけは、与えてあげる」
そうして与えてもらった余興を、一人静かに飲み込んでいる。
今日もまた、何て、何て長い夜だろう。
どんな歌も、遠く、そして慕わしい。人の願いの強さだけは、ずっとこの耳に残っている。
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