第25話 カラカラ

 砂が流れていく。

 カラカラに干からびたミミズのようなものを、とりあえず拾っておく。さふ、さふ、足裏で砂が鳴る。

 あまり暑くも寒くもないのは、頭上に、大きな雲があるからだ。今にも降り出しそうな雨雲。

 ほら、ほら、お前がうんと言うなら降らせてやってもいいぞ。

 かすかな地鳴りのような音がして、嫌になって両手で耳を塞ぐ。

 体の内側で鳴る潮騒のような音。

 ここは、元は海辺だった。

 そういえば、生まれ育った町も海辺にあった。

 ある日、急に隆起して高山になったかと思えば、轟く声が空から降ってきた。

 お前が懐いてくれたら、飼われてくれたら何でもしてあげる、という。

 気味が悪すぎて、何も返事できなかった。

 周りの人々は地形変動等の影響で阿鼻叫喚の後、疲れ、困り果て、頭を地面に擦り付けて、こちらに願ってきた。

 お前が言うことを聞いたら、ここは海辺に戻るはず。後生だから言うことを聞いてくれ。

 生まれた町だが、そこまで身を捧げる勇気はない。

 生贄にされる前に、黙って抜け出した。

 頭上の声はついてきた。どんな平地にも、山にも川にも。海や地下都市にも。

 正気を保つため、返事はしなかった。きっと応えてしまったら、全てが覆ってしまう気がした。

 自分の何が、この怪現象の主の気に入ったというのか、分からない。

 さっきまで砂浜だったはずの砂漠に踏み入れると、声は楽しそうになった。他に生き物がいないから、二人きりになったつもり、なのだろう。

 腹が立つ。

 小さな、ちっぽけな、社会に特に大きな影響を与えることもなく、日銭を稼いで暮らし、たまにおいしいものを食べてのんびり休むことが楽しみの、ただの人間一人に、なぜこんな過大な災害が降ってくるのか。

 涙が出てくる。拭う。ハンカチで顔を覆い、落ち着いてからそれをポケットに戻す。

 このまま歩けば、そのうち干からびてしまいそうだ。

 ここが、人の住まない砂でよかった、と思う。誰彼構わず巻き込むのは、その悲鳴を聞くのは、もう辛すぎた。

 ポケットの中から、小さな声がする。

 助けてやろうか。

 ちっぽけな龍が、ポケットから這い出してくる。空から見えないように、用心深く身を伏せている。

 追加される怪現象。押し付けがましさは、頭上のアレと大差ない。

 黙っていると、これはお礼だと龍は述べた。さっき、濡れた布をくれただろう。海辺で日光浴をしていたら、うっかり干からびてしまったんだ。もらった水分でちょっと回復したから、お礼に、あいつを追い払ってやってもいい。

 なおも沈黙すると、龍は、まぁいいやと軽く言った。

 縄張りを荒らされるのも業腹だしな。

 小さな龍だが、数度吠えると、地平の果てから応じる声がこだました。

 水の龍がいくつも飛んできて、頭上の雲を食い散らす。悲鳴をあげて逃げようとする大きな声は、やがてすっかり消えてしまった。

 龍達はしばらく辺りを巡回し、異常がないことを確認した後、カラカラの砂漠を、海辺の湿った砂浜に戻すと、特に感慨もなくさらりと居なくなってしまった。

 こちらは、ちっぽけな自分だけを抱きしめて、しばらく海を眺めていた。

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