第19話 トマト

 ミニトマトは、鉢の中で沈黙していた。

 直射日光はじりじりと身を焦がし、葉は枯れかけてちりちりと丸くなり、茎も茶色になりつつある。

 初めはよかったのだ。芽が出て、持ち主は大喜びしてくれた。水やりも忘れなかった。やりすぎなくらいだった。

 けれど、短い支柱につるを伸ばしてせっせと大きくなると、邪魔そうに扱われた。このベランダは猫の額ほどだと言って、外に物を干したいからと押しのけられた。

 暑いので持ち主がベランダを見もしなくなり、ミニトマトはじわじわと枯れていった。もうじき会えなくなる持ち主に、せめて、やっとついた小さな赤い実を見てほしかった。

 薄れゆく意識の中、かたん、と鉢が揺れる。風が強いから、鉢ごと倒れそうだ。

「えっ、嘘」

 ベランダに持ち主が飛び出してくる。台風が来るからベランダの物をしまおうとしたらしい。

 そして叫んだ。

「トマトだ!」

 やっぱり、忘れられていたのだ。やっと見つけてもらったものの、ミニトマトはしょんぼりした。


 ミニトマトの育て方は、日が当たるところに置いて、葉がしおれる程度になったら水をやる──ベランダには雨風が吹き込むので、だいたい水やりをしなくてよさそうだと、持ち主は考えていた。水をやりすぎて逆に枯らしかけたので、やらないくらいでよいと友人に言われたのを鵜呑みにした。トマトの中にも、水をぎりぎりまでやらない方が甘くなるというものもあるし。

 そして忘れた。

 ごめんねと繰り返しながら水をやる。

 ミニトマトは、赤く色づいた実を早く食べてほしいと身を揺らすが、持ち主は葉が力を持ち直すまで見守って、それから、安心したようにベランダの片付けをした。

 こぢんまりとした実は、夕ご飯として持ち主に供された。

 ミニトマトは息を吹き返し、次の実を丸くして、自身の命の歌を歌った。

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