第2話(Ⅰ)

「五七五、五七五……。どうしよう、なんにも思いつかないんだけど」

 下校中も、家に帰ってからも、私はずっと考えていた。本川くんは種類がいろいろあると言っていたけど、短歌と川柳以外の歌はリズムすらわからない。その短歌だって、中学生の時に授業で作らされたくらいだ。一人で適当に作るのならいいけど、本川くんに披露しなきゃいけないと思うと本当に何も思いつかなくなってくる。こうなったら恨み言のひとつでも吐いてやろう、なんて思うのにそれも浮かばない。

「あー、もうダメ! まだ時間あるし今日はやめ!」

 考えてもよくわからなくなってきたから布団にもぐって目を閉じた。でも、楽しそうな本川くんの様子や説明されたことなんかが頭の中をぐるぐるしていて、しばらくは眠れなかった。


「おはよう、かおりん!」

「あ、おはよう」

「難しい顔してどうしたの? 似合わないよ?」

「ひどっ!」

 浅野満里。ゆるふわボブの、小柄でかわいい子。去年から仲がいい、私の大切な友だちだ。今年も同じクラスになれて本当にうれしかった。部活も帰る方向も違うけど、私たちはいつも一緒。選択科目が同じで、志望校のレベルとかもだいたい同じだから話しやすいし一緒にいて楽しい。

 私はちらりと後ろを見てから満里に視線を戻した。まだ始業まで時間はあるからか本川くんは来てない。

「ちょっとね。考え事」

「どんな?」

「内緒」

「ケチ!」

「そういうのはケチって言わないんですー」

 満里と話していた私は本川くんが教室に入ってくるのを見て思わず顔をしかめた。眉間によったシワを見て満里が驚いた顔をする。

「え、何? かおりんやっぱなんかあった?」

「ううん。なんでもないよ」

 ふしぎそうな顔をする満里に、あわてて笑顔を作った。そんな顔されてもね。ノートを返しに行ったら短歌詠まされてる、なんて人に言えないよ。

 学校にいる間、本川くんがわざわざ私に話しかけてくることはなかった。いつも通り加藤くんたちと話していて、私もいつも通り満里と話してお弁当を食べる。そこにあるのは変わらない日常で、家に帰るまで短歌のことなんてすっかり忘れてた。

「あー! もう、だめ」

 だめだ。本当に思いつかない。来週の月曜でいいとも言われたけど、こういうのはさっさと終わらせるに限る。だから、木曜までに思いつきたいと思ったのに。

「だめだ。やっぱ私センスない!」

 なにも思いつかないまま枕に顔をうずめてじたばたしているうちに水曜になった。そしてまた全く同じ一日が過ぎる。


「なんで夜だけ……」

 ベッドに寝転んで、天井をにらみつけながら考える。学校にいる間は短歌のことなんてこれっぽっちも考えないのに、家に帰ると思い出す。

 とりあえず何か五文字。なんでもいい。そうだよ。変なプライドとか捨ててとりあえず詠めばいいんだから。大変だったよ、ナメてごめんね、って言えば終わるはず。そう思うのに、どうしてもそれを披露する気恥ずかしさとか、変なことを言いたくないっていうプライドが邪魔をする。

「夜だけね……。だめだ。続きが出てこない!」

 結局そのあとしばらく考え続け、いつもより寝不足気味の私はそれでも上機嫌で学校へ向かった。

「あれ? かおりん上機嫌だね」

「うん!」

「ここんとこずっと悩んでたのに!」

「万事解決よ!」

 興味津々という様子の満里に、にっこり笑いかける。教えてあげないよ。あれは、私だけの秘密なの。熱い本川くんと、和歌と短歌の話。今日短歌を詠んだらもう二度とあそこにはいかない。そう思うとむしろいい思い出になった。みんなが知らない本川くんを、私は知っているのだというよくわからない優越感もある。

「えーなに気になるー」 

「なーいしょ」

「ケチ!」

「ケチじゃありません!」

「でもまあ、悩みが解決したならよかったね」

 笑った満里にうなずいて顔を上げると、ちょうど教室に入ってきた本川くんと目が合った。満里の言葉を聞いていたのか、試すように私を見ている。期待してるよ。とでも言われたようで、なんだかゾクッとした。それでも、いまさら引き下がれない。なんて言われてもいい。私にだって詠めたんだって、見せつけてやる !

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