第14話

「どんなヒントを貰ったんですか?」

 美冬が尋ねると、千鶴ちゃんが代わりに答える。

「ムカデさんのあしの、なんばんめか、かぞえてねって」

「?」

 首を傾げる美冬に、翼さんが地図を広げて見せた。

「今いる場所が、此処なんですって」

 大ムカデの脚が抱え込んでいる×印を指さす。そして、大きな二つの眼玉を持つムカデが守る、もう一つのバツ印は……。

「わかった!」

 美冬は店を飛び出した。後ろから千鶴ちゃんの「がんばれ~」という声が掛かる。

 大ムカデが表しているのは商店街そのものだ。大きな目玉は商店街の入口にあった提灯。骨董品屋の位置は入り口から数えて六番目。左右に二十四本ずつある脚の、反対側の×印の位置にあるのは、果物屋だ。

「波留都くん、玲音。行くよ!」

 団子屋の前でソフトクリームを食べていた玲音の肘を掴む。「ぶへっ」と変な声がした。

 山や川の風景はフェイクだ。目印は宝を守る怪物たち。凶悪なマンモスは、公園にあるダンボの滑り台。とぐろを巻いたキングコブラは、校庭に置かれたタイヤに違いない。

 少年のような眼をした波留都くんと、口元をソフトクリームまみれにした玲音を引き連れて、美冬は走った。

 公園の滑り台の下には、宝箱を掘り出したような跡があった。

「次行こう」

 青信号になるのを、じりじりしながら待って道路を渡り、小学校の校庭に入る。

「あそこ!」

 積み重ねられたタイヤの上には、予想通り可愛らしい蛇の頭が付いていた。中を覗き込むと、此処にも形跡は残っていても宝箱はない。考えてみれば、既に開始から数時間が経過している。子供たちは、とっくの昔に見つけてしまったのだろう。

「よし次!」

 美冬の号令に、二人のしもべが従う。次は……グリズリーだ。いったん公園に戻り、クマさんのスプリング遊具を調べる。

「ここも外れか」

 波留都くんが悔しそうに言った。丸い耳をした子熊の背中には、宝箱を留めてあったと思われる荷造り紐が残っていた。

「後は……」

「クジラ。……噴水か!」

 波留都くんが駆け出す。玲音と美冬がそれに続いた。

 怪鳥ロプロスは鳥小屋に。アリジゴクは砂場。シーソーにはワニの顔の絵が貼り付けられていたが、これはさすがにちょっと無理がある。

 結局、どれもこれも宝箱は見つけられた後で、手に入れることは出来なかった。


「あと一つ。最後は……」

 最後の怪物は、船を沈めようとしている大蛸である。

「タコの遊具なんてあったっけ?」

 見る限り、そんなものは無い。

「商店街のたこ焼き屋じゃないか?」

 玲音が言ったが、商店街のムカデが守っていたのは二つだけだから、これも違う。

「タコかあ……」

 波留都くんが首を捻る。

「でも何故タコなんだろう。イカじゃなくて」

 その言葉に引っ掛かった。そうだ、普通、船に巻き付いて沈めるのはダイオオイカだ。──普通、というほど頻繁に起きる事件ではないだろうが。少なくとも、タコではない。

「タコ……」

 何かが……何かが気になる。

 視界の片隅に一台の車があった。明るいコーラルピンクのカバーが掛けられている。

 まさか!

 車に駆け寄り、カバーに目を凝らす。

「……タコだ」

 カバーに描かれているのは、確かに蛸だった。けれど、これを見てすぐに蛸だと気づく人はいないだろう。子供用の傘を広げたようなピンクの身体に丸い二つの目。頭には猫のような耳が付いている。そう。これはメンダコなのだ。間違いない。美冬が描いたメンダコの絵だ。友佳さんと桜木さんに無理やり描かされた……。

「これだ。やっと見つけた」

 呟いたとき、ふと足元で動くものの気配を感じて、美冬は無意識に後ずさった。

「え?」

 突然冷たい風が吹いた。車カバーがはためき、可愛らしかったメンダコの表情が不気味に変化する。砂埃が舞う運転席の下あたりで、真っ黒な影がじわりと形を変えたように見えた。

 何者かが這い出してくる。暗闇の中、白く骨ばった人の手に似たものが、何かを掴もうとするように蠢く。見えてはいけないものを見たように感じられて、美冬は息を詰めた。

「ひっ!」

 小さく悲鳴を上げた玲音が、美冬の腕に縋る。掴まれた腕が結構痛い。

 実は玲音は、昔から霊とか呪いとか祟りとか、その手のものには滅法弱い。オカルト系雑誌から、廃墟で心霊写真を撮る仕事が来ることもあるというが、バンジージャンプの撮影でさえこなす玲音が、それだけは、どんなに報酬が良くても決して受けないらしい。

「怨敵退散」

 震える声で、そう呟くのが聞こえた。

 車の下から何かが這い出て来る。白い人の手に似たものが地面を掴み、ずるりと音を立てて髪の毛の無い頭が現れる。

「……光善寺さん」

 玲音が息を吐き、掴んでいた腕を離した。何事も無かったかのように空を仰ぐが、取り繕っても、もう遅いぞ。

 車の下から這い出してきた光善寺さんは、片手に小さな箱を抱えていた。

「何かに呼ばれたような気がして。そしたら見つけました」

 神通力か?

 箱の中には金銀財宝と共に、『特等』と書かれた紙が入っていた。

禿頭とくとう……なんちゃって」

 光善寺さんが、自分の頭を撫でながら笑う。

 あんたのはハゲじゃないだろ!

 と突っ込みたかったが、やめておいた。こんなに嬉しそうな顔をするんだ。そう思うと、何だか可笑しかった。


 光善寺さんが見つけた宝箱が最後だったようで、景品の授与が終わるとイベントは終了した。そろそろ午後五時になる。

「宝箱はゲットできなかったけど、楽しかったな」

 Tシャツの袖にベッタリとソフトクリームの染みを着けた玲音が言う。最初こそ乗り気ではなかったようだが、結構楽しめたようだ。

 波留都くんは果物屋さんに、ゼルダっぽい宝箱を一つと紙製の金銀財宝を譲って欲しいと交渉中である。果物屋さんが笑いながら箱を差し出すのが見えた。

 ふと、人垣の向こうから光善寺さんが姿を現した。両手で大きな箱を抱えて。けれど、その表情は冴えなかった。

「景品、何でした?」

 砥草さんが尋ねると、光善寺さんは、はっきりと溜息をついた。

「坊主が欲をかいたから、ばちが当たりました」

 持っている箱を見ると、そこには『高級馬刺しセット』という文字が読み取れた。

 そうだ。光善寺さんは肉を食べない。高級馬刺しなど貰っても仕方がないのだ。可哀そうに。

「砥草さん、貰ってくれますか?」

「喜んで!」

 満面の笑みで返答した砥草さんの口から、先が二股に分かれた舌が見えたような気がしたのは、強い陽射しのせいで眼が疲れていたからに違いない。


 七月最後の日曜日は、こうして暮れていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る