第13話
次に千鶴ちゃんを見かけた時は、玲音と一緒にいた。二人で手廻しオルゴールの演奏を聴いている。他の客たちが一瞥をくれるだけで素通りしていく中、千鶴ちゃんは目を輝かせて演奏に聴き入っていた。一曲終わるたびに小さな手で拍手をする。玲音も同じく拍手をしながら、少し困ったような微笑を浮かべて千鶴ちゃんを見ていた。
次々に曲を変えながら、オルゴールの演奏は続いた。入り口で貰ったスケジュールでは十二時から三十分だけの予定だったが、時計を見ると四十五分である。小さな観客のために演奏者は、ありったけのレパートリーを披露してくれているようだった。
「あった!」
果物屋の前を通りかかると、小学校低学年と思われる男の子がメロンを触っているのが見えた。
「ちょっと、果物に触っちゃ駄目よ。痛むから」
側にいる女性が注意する。「メロンは高いんだから」と続けたところを見ると母親だろうか。
「でもこれ、固いよ」
「熟してないのかしらねえ」
「違うよ!」
男の子はおもむろにメロンを持ち上げ、両手で捻るような仕草をした。
「あっ!」
慌てて止めようとした母親の目の前で、メロンがパカッと二つに分かれた。中からは、金銀財宝があふれ出す……紙製だと思われるが。
「宝箱だ!」
男の子が大きな声を上げると、たちまち人だかりが出来た。
昔あったアイデアグッズだ。野菜や果物の形をした小物入れに貴重品を入れて冷蔵庫に隠しておく。泥棒は野菜だと思って見逃す。そして冷蔵庫は耐火性なので火事の時も安全なのである。
「大当たり~!」
白髪の果物屋さんが、にこやかに鐘を鳴らす。
「中に景品が書かれた紙が入っているから、受付で貰ってね」
男の子は母親と手を繋ぎ、スキップしながら受付へと歩いて行った。
宝箱型とは限らないのだなと思いながら、美冬は商店街を歩いた。波留都くんは景品より、宝箱と偽の金銀財宝に感激しそうだ。メロン型は頂けないと言うかもしれない。
暫く歩いていると、ちょとお洒落なアンティークショップの前を通りかかった。不定期で営業しているのだろうか。雑貨屋は好きなのに、まったく見覚えが無い。
美冬はどちらかと言うと、宝の地図より、謎の骨董屋の方に心惹かれる。『地球屋』とか『地蔵堂』みたいに、所狭しと置かれた骨董品の中に、物語を持つ一品や魔法のアイテムが隠れている。店主は老紳士か謎めいたお婆さんで……。
「いらっしゃい」
おばさんだった。
「ゆっくり見てってね」
店の中には様々な骨董品が置かれ、ドラマに出てくる店に確かに似ていた。何に使うのか分からない、やたらに煌びやかな一品や、高そうだけれど縁が少し欠けたアンティークのティーカップ。金属部分が錆びてしまったブローチ。その横に野菜の楽器を持った小さな楽団が並んでいた。いんげんのフルート、そら豆のマリンバ、トウモロコシのティンパニー、きゅうりのチェロ。新生姜そっくりのバグパイプ。それぞれが皆、個性的で、とても楽しそうな表情である。
昔あったドラマで、全部集めると願いが叶う人形の話があった。主人公は、見慣れぬ骨董屋の片隅でそれを見付けるのだ。人形は一日に一つしか売ってもらえない。十二日間通い詰めて、主人公は願いを叶えようとする。もうすぐ元夫の元に行ってしまう娘と、ずっと一緒にいられるようにと。ラストはどうなったんだろう。願いは叶ったのだろうか……。
「あ、それは……」
美冬が何気なく手に取った物を見て、店主が声を漏らした。
「え?」
小さな宝石箱の蓋にはイミテーションの宝石が散りばめてある。星空のようで綺麗だと思ったのだ。
「何ですか? これ」
尋ねてみると、店主は少々悪戯っぽく笑った。
「パンドラの箱」
「…………」
そう言われると、開けにくくなる。
「嘘。流れ星の箱よ。蓋を開ける前に強く願って。そうすれば願いはきっと叶うから」
願いが叶う箱。
涼しい店内で、汗が吹き出すのを感じた。願い。私の願い。それは……。
「あ! みふゆおねえちゃん」
千鶴ちゃんの声がした。今度はママと一緒だ。
「みつけちゃったの?」
美冬が持っている箱を見て、そう言う。
「スタンプを集めてヒントを貰ったんだけど、一足遅かったみたいね」
宝箱。願いが叶う箱。
「大丈夫よ。まだ開けてないから」
美冬はそう言って、宝石箱を千鶴ちゃんに手渡した。
「ありがとう」
とても嬉しそうにそう言って、千鶴ちゃんが蓋を開ける。中には紙で作った金銀財宝。宝箱ゲットだね。
「受付で景品を貰ってね」
骨董屋の店主がそう言った後、美冬に向かって目を細めた。
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