トレジャーハンター
第12話
「全員集合しましたね」
一列に並んだ面々を眺めて、
なんとなく既視感のある光景だが、今日は声を掛けているのは光善寺さんではなく大家さんである。これから商店街の夏休みイベントである『宝探し』に出かけるのだ。
──果物屋の山内さんに頼まれちゃってね。
力一さんは、そう言って片手で拝んで見せた。大人でも子供でも、出来るだけ大勢参加して欲しいとのことだ。よって、今日は十人ではなく、燈子さんの隣には娘さんと子供たちがいる。
燈子さんに手を引かれているのは、四歳になるお姉ちゃんの
美冬は大きく伸びをして、抜けるような空を仰いだ。昨夜は久しぶりに綺麗な夕焼け空が広がって、玲音が喜んでいた。ただ、夜中にモスキートに起こされて少々寝不足気味の上、今日は非常に暑い。
商店街のイベント受付には、子供たちが集まっていた。夏休みに入った解放感からだろうか、皆の表情が生き生きしている。ちょうどコーポレイブンの面々が到着したタイミングで、マイクを持った女性が前に出て来た。
「それでは、受付がお済みの方から順番に宝の地図をお配りします。隠し場所は、商店街の中、公園、小学校の校庭の何処かです。複数ありますが、箱の形も大きさも違いますし、隠し方もそれぞれ異なっています。みなさん頑張って探してください。道路を横断するときは、車には十分注意して。大人の方は、小さい子を見てあげてくださいね。スタートは十一時です。尚、お昼ごはんは、ぜひ商店街のお店をご利用ください」
少しだけ宣伝を入れて、アナウンスは終了した。並行してスタンプラリーも行われるらしく、スタンプを十個あつめたら宝の隠し場所のヒントが貰えるという。
「わくわくするね」
ここ暫く帰りが夜中になることが多かったようで、目の下に隈をつくった波留都くんが言う。何だか似合わないセリフだが、実は波留都くんは宝探しが大好きである。子供の頃は海賊に憧れたらしく、何度かお邪魔したことのある部屋の壁には、大きな宝の地図が貼られていた。パイレーツ・オブ・カリビアンのDVDもあったし、本棚の隅に『ミッケ!』の第七巻もあった。もちろんタイトルは『たからじま』である。昔、美冬が作ってあげた宝箱型の小物入れは、今も大切にしてくれているようだ。中には何が入っているのだろう。
「眠い。だるい。痒い」
目を輝かせて地図を見ている波留都くんの隣で、頬の虫刺されをポリポリ掻きながら、玲音が大欠伸をする。もちろん無理矢理引っ張り出したのだ。
どんどん気温が上がって来ているのが感じられる。アーケードの入口から強い陽射しが差し込むのが見えた。
「千鶴ちゃん、お姉ちゃんと一緒に探そうか」
すぐに駆け出してしまう千鶴ちゃんを捕まえ、早紀ちゃんが、そう声を掛けた。翔和くんを抱っこした
サンバイザーを着けた中川さんは、マラソン大会に参加するような服装だ。やる気満々といったところだろう。反対に、日焼けを気にしてか鍔の大きな帽子を被って参加の真紀ちゃんは、難しい顔で宝の地図を見ている。その後ろで、イケオジの
スタートのサイレンが鳴り、宝探しイベントが始まる。
「さあ、行くわよ!」
小学生たちに混じり、中川さんがスタートダッシュを決めた。
配られた宝の地図は羊皮紙を模したデザインで、山や川、森や海などが描かれていた。その中に幾つかの×印が付けられている。宝の隠し場所だろう。十個ある宝箱は、それぞれ怪物に守られているようだ。巨大なムカデ、狂暴そうなワニ、太く尖った牙を持つマンモスなど、恐ろし気な絵が描かれている。海辺では巨大な蛸が船に足を巻き付けて沈めようとしており、その近くにはとぐろを巻いた蛇の絵もあった。砥草さんは、これを見て笑っていたのだろうか。
「全然分かんねえ」
玲音が言う。
「暑いなあ。ソフトクリーム食べて来ていい?」
「真面目にやりましょう。行きますよ!」
波留都くんが玲音の腕を引っ張る。
「へえへえ」
この二人は、意外に良いコンビかもしれないなと思った。
美冬もとりあえず歩き出す。本当にさっぱり分からない。商店街と公園と小学校校庭に、なぜ山や海があるのだ。そして怪物たちは何を表しているのだろう。
子供たちは行き当たりばったりに物陰を除いたり、路地の隙間に入り込んだりしている。ゴミ箱の蓋を開けて注意を受けている子もいた。大人の男たちも少年に返り、真剣に周りの景色と地図とを見比べている。子供たちの母親と思われる集団が、お喋りをしながら商店街を散策していた。
──私もスタンプラリーの方にしようかな。
大きな提灯が左右に並ぶ商店街の入口から、アーケードの中を眺める。七夕飾りはとうに片付けられて、店先には碇や船、海賊の帽子などのオブジェが飾り付けられていた。
賑やかな商店街を歩く。十年ちかく此処に住んでいるが、食料品以外の店には殆ど入ったことがない。服屋や玩具屋、駄菓子屋に電気店。春に力一さんが鯉のぼりを買ったというお店には、店先一杯に花火が置かれていた。
「みふゆおねえちゃん」
幼い声に振り向くと、早紀ちゃんに連れられた千鶴ちゃんの姿があった。
「あれ、力一さんは?」
尋ねると、早紀ちゃんは両手を広げて肩を竦めた。
「暑さにギブアップだって。喫茶店で休んでる」
職場からの電話に折り返さないといけないから、ちょっとお願い。と言って早紀ちゃんは千鶴ちゃんの手を離した。小さな手が自分の手を掴むのを感じて、美冬はそっと握り返した。……と、その手が急に引っ張られる。
「おっと」
側を通りかかった波留都くんが、腕を引っ張られて体勢を崩した。波留都くんと美冬と手を繋いだ千鶴ちゃんは急に、地面を蹴ってぶら下がる。
「うわっ」
落とさないように腕に力を入れる。意外に重い。
「何だか親子みたいね」
駆け足で通りかかった中川さんが、そう言って笑った。
ぴょんぴょん跳ねている千鶴ちゃんをその都度持ち上げながら、波留都くんは真剣な表情で地図を睨んでいた。
「この地図、分かりにくいよね」
美冬の言葉に、波留都くんは頷く。
「何かを表しているに違いないんだ。山は築山だとして、海は、公園そばの池かな? 川は道路?」
なるほど。規模を小さくして考えるとそうなるのか。地図を動かして配置を確認する。少しずれているようにも思えるけど。
「分からないのは、この怪物なんだよな。宝箱の近くに何か試練があるという事なんだろうか」
なかなかに
何となくスタンプラリーをしながら、美冬は商店街を歩いた。宝箱はどんな形をしているのだろう。ドラクエ型か、それともゼルダの伝説型か。もしくは全く違う形をしているのだろうか。
そういえば昔、波留都くんが引っ越してきてすぐの頃、絶対に盗まれない金庫のアイデアを出してくれたことがある。
──透明の金庫なんだ。
それでは中のお金が丸見えになるだろうと言った美冬に向かって、波留都くんは意味ありげに笑った。
──透明って言うのは、言い換えれば向こう側が透けて見えるってことなんだ。
不得要領の美冬に、波留都くんは流れるような口調で説明してくれた。
──球形の入れ物の表面全体に、超小型カメラとスクリーンを張り付ける。スクリーンには、ちょうど真裏にあるカメラの映像が映し出されるようにするんだ。そしたら球形金庫の表面には向こうの風景が突き抜けて見えているようになり、金庫は透明になるんだ。
新製品としてどうかと勧められたが、開発費だけで莫大な費用が掛かりそうで断念した。何より、その金庫には、それ以前の大きな問題があった。
──透明ってことは、持ち主からも見えないのよね。
そう言った美冬の前で、波留都くんは「あ」と口を開けたまま固まっていた。
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