第10話ヒーロー薬

「麗奈ちゃん、被害者のケアをお願いできる? 今回はその、ヒーロー協会に連れて行くんだけどね」

 

 こんなところを、こんな時間にうろついているのには、訳がありそうに思えた。


 ヒーロー協会の職員は、お役所仕事しかしないのでケアを任せようとは思わないが、場所は提供して貰う。この子の親にヒーロー協会本部まで迎えに来てもらおう。


 異空間からマントを出して、麗奈に渡す。


「え? ……了解です」


 麗奈はマントを受け取って、美少女のところに駆け寄った。


 今の「え?」は、なんだろう??


 …


 ……


 ………


(なんで、自分はホテルへ連れて行かれたんだろう?)かな?


 なんでだろう?


 自分でも分からない。血を吸うだけなら、律儀に自分の身の上を明かし、頼みこまなくても現場で催眠術でもかけて後腐れなくぱっと血を吸えた。麗奈がいなければ、今回の被害者の少女に対してもそうしている。――これを、人間の倫理観で犯罪と言われても困る。吸血鬼の生態というか、本能なのだ。


(うーん……)


 麗奈の何かが俺にそうさせたのだろう、としか考えられない。


 そんなことを考えながら、ヒーロー装置の機能を使って服を装着。


 ついでにヒーロー薬のバイヤルと注射器を出す。

ヒーロー専用の栄養剤みたいなものか。これが年間600万円の薬であり、満月の夜以外はある程度、吸血衝動を抑えられる。ヒーロー薬の成分は、詩音によると〝知らない方が、いい〟らしいが。


(あのマッドサイエンティストめ)


「あのを抱きしめて、なでなでしておくので、手早く済ませてください」


「うん」


 いつもなら被害者の女性に催眠術をかけて、さっさと血を吸わせてもらうところなのだが……

 麗奈の前で他の少女の血を吸うことは、なんとなく気がひけた。 





「えっぐ……ひっく」


 被害者の女性は、北条梨花と名乗った。15歳。

 夕食後に母と口論して、家を飛び出してきたらしい。  


 同性の友達との付き合い方に口を出されて、かっとなったようだが…… 


(まぁ、この歳頃のって、ささいなことで親と衝突しがちだよな)


 路地裏で苦しそうにうずくまっている人に声をかけたら、その人が豚の化け物になって襲いかかって来たとのこと。 



「心配して、声を掛けただけなのに……」


 いいじゃん。


 共感能力が高くて親切であるもヴィランの標的になりやすい。 


「災難だったわね。でも、もう大丈夫。プロヒーローの京介さんがついてるからね♥ 」


 


「はい」

 


 


「ヒーロー協会の車を呼んで梨花ちゃんはヒーロー協会へ連れて行って事情聴取したいのだけど、いいかな? それから、梨花ちゃんはご両親にヒーロー協会まで迎えに来てもらおう。麗奈ちゃんは、そのままヒーロー協会の車で自宅まで送るし。それで、いいかな?」


「はい」

 麗奈は、素直に即答。


「梨花ちゃんは?」


「えっーと。今、ちょっと家に帰り辛くて」


 …


 ……


 ………


「麗奈ちゃん、電話で口添えを頼めるかな? 俺が梨花ちゃんのご両親と話すより、同性の麗奈ちゃんがとりなしたほうが話しが早い気がするんだよね」


「ヒーローの助手って、大変なんですね」


「うん。ヒーローも助手も、ヴィランを倒せばいいってものじゃないと思う。相手は、人だし。その人にあったケアも必要だろう」



「さすがは、京介さんです♥」

 麗奈は、尊敬の眼差しで俺を見上げた。

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