第4話家庭訪問

 俺の事務所で園崎さんを雇うにあたって、クリアしておかないいけないことに気づいた。


 親の同意を得ること。つまり、“新宿の女帝”こと沙奈さんへの挨拶だ!


 俺は園崎さんと連絡を取り、沙奈さんと会う約束を取り付けた。


「つまらないものですが」


 園崎さんというか、麗奈ちゃん(沙奈さんも園崎さんだから、紛らわしい)のマンションを訪れた俺とヒーロー協会会長秘書の紋舞欄もんぶらんが2人分の名刺と一緒に手土産を差しだす。


 沙奈さんの好物は、麗奈ちゃんと連絡を取ってリサーチずみ。

 スウェーデン菓子のダムスーガレとスウェーデンコーヒーである。

 何でも、沙奈さんには、スウェーデン人の血が4分の1ほど流れているらしい。


「お二人ともお久しぶりです。手土産を開けてみても?」


「どうぞ」


「あら、まぁ! ダムスーガレとスウェーデンコーヒーじゃありませんか。どちらもちょうど切らしていて、買いに行こうと思っていたんです!嬉しい!」


 浮かべるは、何もかも見透かした仏のような笑顔。いわゆる、アルカイックスマイルだ。


(怖い)


「喜んで 貰えて、なによりです」

 俺は、引き気味にこたえる。ヴィランを相手にするより、よほど怖いんですけど。



「麗奈を助けていただき、


 沙奈さんの好物を麗奈ちゃんに聞いたのが、まずかったかな?


「いえいえ」


「本来ならば、こちらからお礼に出向き、クイーンの綺麗どころを集めて歌舞伎町の表から裏まで案内して“もう、やめてくれ!”と懇願するまで楽しみ尽くしていただくところですのに」


 こちらが“もう、やめてくれ!”と懇願するようなお礼って、なんだよ!?



「あ母さん!」

 麗奈ちゃんが沙奈さんを咎める。


「……はぁ。まずは、おもたせで申し訳ないですが、スウェーデンコーヒーを入れてきましょうか。酸味の強い浅焙りコーヒーは、苦手ではありませんか?」


「「大丈夫です」」


 俺と会長秘書は、背筋をピンと伸ばして答えた。


 何だ、この迫力は??



「フィンランド人は、コーヒータイムをフィーカといい、友達や家族、仕事仲間たちとすごす時間として、とても大切にするそうです。私たちもそんな時間を共有したいものです。まずは、スウェーデン菓子とスウェーデンコーヒーをお楽しみ下さい」


 コーヒーと菓子を前にした沙奈さんからは、先ほどまでの圧を感じない。 


「「いただきます」」


 まず、スウェーデン菓子を食べる。


(甘っ!)


 それから、スウェーデンコーヒーを飲む。

 酸味の効いた、さらっとしたコーヒー。


 甘くなった口が爽やかに洗い流される。


「ふー」

 場の緊張が一気に解けた。



「恩人をはからずとも威圧してしまったことをお詫びします。 娘から色々と聞いていますでしょうが、うちは母子家庭でして……。私があなた方にあたってしまったのも、この娘の父親の死が関係しています」


「刑事で、殉職なさったとか」 


 俺は、麗奈ちゃんに聞いた話しをする。


「そんな話しをするほど仲良くなるとは……。まぁ、それだけ、事件後も丁寧にケアしてくださったのでしょうけど」


「いえ……」


 ケアもしましたが、血も吸いました。ごめんなさい💦


「あなたのことは、娘が手放しで褒めていましたよ。それから、あなたの下で働きたいとも」


「ええ。その許可をいただきにまいりました。おそらく、娘さんにはヒーローの才能があります」


「それが分からないのです。あなた方が説明に来てくださると言われたので、娘には確認しなかったのですけれど、ヒーローの才能とはなんですか?」


「ヒーロー因子もしくは、怪人因子のことです。遺伝子的な検査しないと確かなことは分かりませんが、娘さんには、それがある可能性が高いと前原が申しております」

 会長秘書がフォローしてくれた。


「ヒーロー因子?怪人因子?どうしてそんなことが!?」


 俺は、麗奈ちゃんの血を飲んだことを正直に話した。




「娘の血の味が人間よりもヒーローや怪人に近かったと言うのですか?」


「ヒーローや怪人を超える、神の味がしました。ヒーロー協会会長の血に非常に近い味です。俺の経験上…血の味と人間、ヒーロー、怪人、神の分類はおおいに相関するのではないか?と考えています。明らかに血の味というか質が違うんですよね」



「神!」


「会長は、自分の遠い子孫か何かではないかと申しておりましたが。会長は、天皇の祖神である天照大神ですから」 


「天照大神!……ヒーロー協会会長は何らかの理由で表に出て来れないと聞いたことがありますが……。神?……あー。でも、だとすれば辻褄は合いますね。私の夫の一族は、神官のそれですから」


「さすがは新宿の女帝。話しが早くて助かります! その血が10Gによって暴走すると、大変です。この提案は、我々にリスク管理をさせてほしいということでもあります。検査は、ヒーロー協会の科学者が、ヒーローの指導はこの前原京介とヒーロー協会の会長が担当することになりますが」


「その前に」


「はい?」


「私どもの身の上話しを聞いて貰えませんか?」

 今度は、俺達が沙奈さんの身の上話を聞く番だ


沙奈さんの旦那さんで麗奈ちゃんのお父さんは刑事をしていて殉職されたというのは、聞いていた。 


 が、


 麻薬中毒者が暴れてナイフを振り回していたのを止めようとして亡くなったことは、初めて知った。


「残されたのは、娘とわずかばかりの遺族年金だけでした。私が、悲しみと未来への不安で押し潰されそうになったことをお察しいただきたいです。そこからホステスとしてがむしゃらに働いていたら、いつの間にか〝新宿の女帝〟と呼ばれるようになったのですが」


「そうだったんですね」


「私は、娘がヒーローになって父親の二の舞いとなることを恐れてもいます。この上、娘まで失っては立ち直れません」


「そうでしょうね」

 俺は、それしか言えなかった。


「あなたは、娘に“俺が絶対守る”と言われたそうですね」


「ええ。S級ヒーローの誇りとヒーロー免許に誓って、娘さんだけでなくこの目に映る全ての人を絶対に守ります!」


「もし、その約束を守れなかったら?」


「その約束が守れない時は、僕も倒されているでしょう。この東京も壊滅状態だと思います」


 冗談でも慢心でもなく、そう言い切った。これは、自分の実力を正確に把握してるものの自負というもの。


「娘だけではなくあなたも私もみんな壊滅するから、一緒だと?」


「……ええ。それに、俺が側についていれば、娘さんに不死性を付与出来るという奥の手もあるにはありまして。……俺、吸血鬼ですから」


「詳しく」


 沙奈さんに詳しく説明する俺。




「くくっ」

 沙奈さんがお腹を抑える。


「沙奈さん?」


「ククク。……あはは。ごめんなさい。不死性の付与はともかく。“俺が倒れる時は、東京も壊滅しています”って……すごい熱意と自負ですね。そういうところ、麗奈の父親にそっくりなんですけど」


「すいません💦」


「はぁ……。麗奈があなたの下で働きたいと言っている理由の一端も、かいま見えました。刑事と結婚することに反対されて、家を飛びだした私の血が娘にも流れているのでしょう。……麗奈がヒーローにならなかったらどうなるんです?」


「少なくとも、ヒーロー因子の検査は受けてもらいたいですね。で、適切な処置も受けてもらいたいです。その処置の費用が、ヒーローになると誓うことで免除されます。ヒーローにならない場合は、自己負担ですね」


 会長秘書が冷静に説明する。


「費用は、いかほど?」


「年間600万円程です。なにしろ、まだまだ研究開発中の薬を長期間使用するので。保険が適用されないのです。その薬、大量生産も出来てないんです。現状、ただで提供するわけにもいかず……」


「なるほど」

 沙奈さんは考えこむ。


「まぁ。ヒーローと言っても、現場で戦っているのは、一握りですから。多くの者は、バックアップに回っています。戦闘に関わるのは、志願制ですので」


「年間600万円、耳をそろえてお支払いします!と言ったら?」


「お母さん!」

 麗奈ちゃんが咎める。


「麗奈の血が暴走して、怪人になってしまう可能性は看過できませんし、麗奈の意志を踏みにじるつもりもありません。……仕方ありません、ヒーローについて詳しく教えてください。その上で、許可するかどうか考えましょう」


 沙奈さんを説得するのには、思った以上に骨が折れた。

 




「私にすじを通しに来てくださったことは嬉しいですし、麗奈がどうしてもあなたの下で働きたいなら、もう反対しません。完全に納得したわけではありませんが……娘に家出されても困りますし。でも、新宿No.1ホステスの私にお礼をされるより麗奈にお礼をされる方が良かったとかショックだわ。私のDカップより、麗奈のHカップの方が良かったってことですよね?」 

 沙奈さん、アルカイックスマイル。






「Hカップ!?」

 怖さを感じる前に、その情報が引っかかる俺。





「お母さん? 前原さんも指折り数えないでぇ!」 


 A、B、C、D、E、F、G、H……。


(すげぇ、Gより上だ!)  


 大きいとは、思っていたが。


「Hカップとか、肩が凝るだけなんだから。麗奈が働き終わったら、肩でももんでやるんですねっ!」


 まぁ沙奈さんも、容姿は麗奈ちゃんにそっくりだし、見た目の年齢的にも麗奈ちゃんの3歳上くらいにしか見えないから、すごいのだが。美人姉妹と言われても、普通に信じるレベル。

 スネ方もなんか、可愛いし。



「それ、どちらのご褒美なんだか?」

 俺は、真剣に首を捻る。




「もうっ」


 なんで胸の話しになったかわからないが、沙奈さんとも結構打ち解けられた気がするし良かった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る