第2話ホテル休憩タイム

 俺の優秀な耳は、シャワーの音を捉えている。

 シティホテルの一室で、先ほど助けた美女がシャワーを浴びていて、出てくるのを待っているのだ。


 ここは、喫煙可の部屋。

 シュポっとタバコに火をつけて、深く煙を吸い込む。満月の夜は、俺も血が騒ぐ。


「ふー」


 俺の名前は、前原京介まえはらきょうすけ。プロのヒーローをやっている者だ。


 2XXX年、通信規格は10Gへといたった。


 脳内にナノマシンを取り込み、携帯機器を使わずに様々な情報を超高速で情報をやり取りできる。ゲーム機を使わなくてもバーチャルリアリティーが体感できる。映画館にいかなくても、いつでもどこでも臨場感たっぷりの映画が見れる。などの他に、医者に行かなくても健康状態が自分で把握できる。役所とかで並ばなくても、各種手続きが一瞬で終わる。脳内でAIが仕事やプライベートの様々なことをサポートしてくれるなど、ひと昔前からは、考えられない便利なサービスが提供される。


 まぁ、脳内チップで電波を受信するのは、それ相応の副作用があったようで……それが、【変態】と呼ばれる現象。



 試しに“変態”の意味を広辞苑で調べてみると、①形や状態を変えること②普通の状態とは違うこと③性的倒錯せいてきとうさくがあって、性行動が普通とは変わってる状態。④動物が幼体と成体でその姿を変えること。 などがある。


 10Gによってもたらされた【変態】は主に、①や②を指す。③が増えたことも、否めないが……。


 脳内チップを取り込んた人間が全て【変態】するかというと違うようで、詩音による仮説では【ヒーロー因子】や【怪人因子】といった遺伝素因を持つものだけが姿形を変えたり、異能を発揮しているのではないか? とのこと。


(まぁ。俺は、脳内チップなんて取り込んでないし、天然物なんだけど)


 俺達のような生まれながらの古参の怪異が表舞台に立てる。しかも、新参者の怪異を捕縛もしくは討伐することで、大金を稼げる。いい時代になったものだ。

 国が発効するヒーロー免許さえあればの話しだが。


 ヒーロー免許を取得するには、血液検査や遺伝子検査、体力測定や心理テスト、適性検査などの試験もある。国家資格だ。特殊な訓練もつむ。


(今回の報酬は、敵性体ヴィランをC級上位〜B級下位と見積もって…600万円くらいかな?)


 あくまでB級と言い張って、報酬を上振れさせよう。科学主任やヒーロー協会の会長と仲がいいので、それくらいの主張は通る。


(別に嘘はついてないし)


 そんなことを考えていると……シャワーの音が止まり、ガチャリと浴室のドアが開く音かした。


 次にバスタオルで体を拭く音がする。

 彼女は、もうすぐここに来る。


 俺はタバコを灰皿にグリグリと押し付けて、火を消した。



 

「気分は落ち着いた?」


「はい」


 服は怪人にビリビリに破られていたので、彼女は今、バスローブ姿である。


(湯上がりの彼女、めっちゃ色っぽい)


 ホテルの職員に頼んで、彼女の服を適当に買いに行ってもらっている。



「あれ? なんか縮んでません??」

 俺を不思議そうにまじまじと見る、彼女。


「えっと……筋肉をしまいました」


 俺の特技の一つというか……【変態】は、【筋肉操作】。

 筋肉の質と量を自在に調節できるのだ。


 狼男と戦った時の俺の筋肉量は、全開時の10%ほど。そして、今の筋肉量は1%だ。


 全身の筋肉量が10分の1になったのだ。そりゃ、「あれ? なんか縮でません??」だろう。



「筋肉って、しまえるのですか? それに、服も着てるし」


 「服を着てる」というのは筋肉量を増やすと服が破けるため、パトロール中はハイレグの海パンいっちょうにマントという姿だったのである。



「筋肉をしまうというか、交互に休ませている感じかな? 常時働かせていると、燃費が悪くて。 服は、異次元空間に常に収納してある。筋肉を起こすと破れちゃうので」


 俺だって、平時は服くらい着る。


「不思議な能力! さすがは、プロのヒーローですね。それはそうと……あのぅ」


 顔を真っ赤にして、困ったようにもじもじした。


 なんか、とっても可愛いんですけど。


「どうかしました? お困りでしたら、何でも言ってください。最大限、協力しますよ?」


(被害者のケアは、ヒーローの責務)だと日々考えている俺。真摯しんしに言った。


「何かお礼をさせてください。とは言いましたけど、……えーと……」


「はい?」





「ごめんなさい。私、未成年で、処女なんです!」


「うん?……それは、事件と何か関係が?」


 未成年は、意外。化粧っけはないが、その外見や立ち居振る舞いから、22・3歳のOLさん、しかも大企業のオーナー令嬢かなにかで社長秘書見習いさんとかだと考えていたのだ。


 一方で、何か物堅い雰囲気もあるので処女と言われたら、(なるほどなぁ)と得心がいったのだが。



「え?」

 彼女は、きょとんと首をかしげる。



「え?」

 俺もつられて、首をかしげる。



 2人がいる部屋は一瞬、お互いの「はてな」であふれた。




「あー……ヒーロー免許にかけて不埒ふらちな真似はしないと言いましたよね?」


 熟考の末、言わんとすることが何か?と思いいたった俺は、彼女を安心させるべく言った。


 ヒーロー免許は、【変態】などの異能が発現した者が身体検査や心理テストなどを合格することによって発効される国家資格。特に重視されるのは、倫理感だ。

 まぁ。俺は人間とは違う倫理感で生きているので、ダークヒーローを自称しているのだが。


 彼女が想定しているのは、即物的に性欲を満たす行為だろう。俺が彼女に頼みたいことは、彼女の想定とは、怪人的な尺度からは違わないけど人間的な尺度からは違う。


 その行為は、同族を増やすためにもすることなのだが……。説明が難しい。


 でもまぁ、シャワーを浴びて冷静になったのか、彼女の危機感が正常に働いたらしい。




「ごほん……余計な念押しをしたようで、失礼しました」

 彼女は、恥じ入るように謝った。


「いえ。まずは、自己紹介といきましょう。プロヒーローの前原京介です」


園崎麗奈そのざきれいな、17歳の女子高生です。危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」

 そういって、園崎さんは、丁寧に頭を下げた。


「それが、自分の仕事ですから。でも、気にされているようですので、謝礼の話しから致しましょうか。 本来、被害者から謝礼などいただかなくても大丈夫なのですが……」   

 くれるというものを固辞するのも、失礼というもの。ケースバイケースだ。


「それでは、こちらの気が済まなくて。……かといって女子高生で母子家庭の身の上。お金もそんなに持っているわけでもなく。できることといえば、家庭料理を作ることや裁縫、家事手伝いくらいでしょうか? それと……」


 母子家庭なのも意外。むしろ、立ち居振る舞いといい身につけていた物といい、いいとこのご令嬢にしか見えないのだが。


 料理、裁縫、家事手伝いが出来るのも、女子高生としては偉いのでは?



「それと?」


「私の力でなくて申し訳ありませんが、母が歌舞伎町の高級クラブでホステスをしています。母なら、職場でお酒や食事をその……費用をいくらか母持ちでご提供できるかと。頼んでみないと分かりません が……」


 高級クラブのホステスさんか。


 新宿一帯が管轄の俺。ホステスさんやキャバ嬢さんの知り合いも多い。



「ホステスさんの知り合いだったら、職業柄、俺の知り合いに何人かいます。何処のクラブですか?」


「クィーンです。母は、そこのNo.1です」


「クィーンのNo.1は、たしか……“新宿の女帝”? ……そういえば、むっちゃ似てる」


 俺は、園崎さんをまじまじと見た。


(でも、胸のサイズはだいぶ違うなぁ)


 娘の方がだいぶ大きいのである。


 “新宿の女帝”こと沙奈さんは、その容姿とカリスマ性で太客をたくさん持つ伝説のホステス。容姿やカリスマ性だけでなく色香や知性や品性や立ち居振る舞いも高いと評判だ。銀座とか六本木とかに栄転することもなく、歌舞伎町をこよなく愛し歌舞伎町で仕事をし続けてもいる。



(なるほど)


 いろいろと納得した。


「そ、そんなにじっと見つめないでください。 ……母を、ご存知でしたか?」


 バスローブ姿の園崎さん。俺に見つめられて、恥ずかしそうに胸を隠しながら言った。


(胸のサイズを比べたの、バレた?)


 女の子って、視線に敏感!


沙奈さなさんには、組織ぐるみでいつもお世話になってます。……でも、お願いを聞いてもらうとしたら、君自身にお願いしたいかな? 実は、やってもらいたいことがあって……。未成年でも誰にでもできることなんで、そう構えなくて大丈夫なんだけど」



「誰にでもできること、ですか?」



「うん。2つで1つのお願いなんだ」


「はい」


「1つ目は、俺の身の上話を聞いてくれること」


「身の上話? どんなお話も真剣にお聞きします」  

 真面目に答えてくれる園崎さん。


 では。遠慮なく。


「ゴニョゴニョゴニョゴニョ」(俺の身の上話は、そこそこ長かったので、割愛)


「ええっ!?」


「それで、君に頼みたいことの本命は……ゴニョゴニョ」


「ええっつつつーーー!!」

 ホテルの一室で、園崎さんは結構な音量で驚きの声を上げた。

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