第25部 4202年25月25日

 「天変地異」という言葉がある。その言葉の本来の意味を、僕は詳しくは知らない。そのまま読めば「天が変わり、地が異なる」となるが、「変わる」のと「異なる」のとでは、少々意味が「異なる」。「変わる」というのはプロセスを含んでいるが、「異なる」というのはプロセスを含んでいない。「変わる」というのは状態Aから状態Bに遷移することを表すが、「異なる」というのは共存する状態Aと状態Bの質が一致しないことを表す。


 おそらく、「天変地異」と言った場合の「変」と「異」には、それほどの意味の違いは含まれていないのだろう。要するに、「天も地も、変わり、異なる状態になる」ことを表しているのだ。


 しかし、「天と地が変わる」というのは、具体的にはどう「変わる」ことをいうのだろうか?


 その疑問の答えが、今僕の目の前にある。


 僕は、朝起きて、いつも通りすでに部屋からいなくなっていた彼女を探すために、玄関のドアを開けて外に出ようとした。


 しかし、一歩踏み出しそうになったところで足を止めた。


 足で踏むべき「地」が存在しなかったからだ。


 代わりにそこにあったのは、「天」。


 ドアを開けた先は空だった。


 顔を上に向ければ、当然のように大地が頭上に広がっている。ただし、もともと地上に並んでいたはずの家々はそこにはなく、人工物はすべて空の中にあった。人工物の位置は変わらないようだ。反対に、草木は大地とともに頭上にあった。


 少しの間迷ったが、結局、僕は玄関から一歩足を踏み出した。落下するかと思ったが、しなかった。身体はそのまま浮遊し始める。しかし、当然地を踏んでいる感触はなく、何を踏んでいる感触もなく、不安定なまま、不均衡なまま、ただ、なんとなく、前方に進むだけだった。


 しばらく進んだ所で、彼女の姿を見つけた。相変わらず電柱の頂上に座って本を読んでいる。


「やあ」僕はいつもの癖で手で庇を作って、彼女がいる先を見上げて声をかけた。


 彼女は一度こちらを見ただけで、すぐにまた手もとの本に集中してしまう。


 いつもなら多少の労力が伴うはずだが、今日は簡単に彼女の傍まで辿り着くことができた。思った方向に身体が勝手に進んでいく。電柱の頂上に到達して、僕は彼女の隣に遊泳した。


「これも、君の仕業?」僕は辺りを手で示して、彼女に質問する。


 彼女は黙って首を振る。


「じゃあ、誰の?」


 僕が尋ねると、彼女はこちらを向いて、じっと僕のことを見つめた。


「何?」


「kimi no sei ja nai no ?」


 はっとして息を呑んだとき、僕は自室のベッドの上にいた。


 全身に汗をかいている。


 ふと、視界の先を見ると、そこにあるはずの天井が見当たらない。


 代わりに、こちらを向いて眠っている彼女の顔が暗闇の中に浮かんで見えた。

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ぐれい、すけいる。 羽上帆樽 @hotaruhanoue0908

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