第20部 4202年20月20日

 精神と肉体は、どうやらリンクしているらしい。精神的に疲れると、何も動く気にはならないし、肉体的に疲れると、何も考える気にはならない。こういうことを考えていると、必ず、精神と肉体ではどちらが先か、といった問題に帰着する。その問題に関して得られる唯一正しいと思える結論は、どちらも先であり、どちらも後、というものだ。つまり、両者は同時に発生する。


 玄関の外で煙草を咥えていた。日は徐々に陰りつつある。今日一日でどれほどのタスクをこなすことができたかと考えてみたが、ほとんど何も達成できていないことに気づいた。僕が一日のタスクとして定めているのは、読書と、読書と、読書だ。つまり、何冊かの本を、それぞれ何ページずつか読む。今日は、今の時点でその内の一冊しか読めていない。まだ一日が終わったわけではないから、これから読もうと思えば読むこともできる。


 彼女は仕事に行っていて、今は家にいなかった。僕はその帰りを待っている。家の中で待っていれば良いのだが、今日は出迎えたい気分だった。遠くの方からこちらに向かって彼女が歩いてくる様を見たいのだろう。とはいっても、この住宅街に入るためには、道路を横道に逸れる必要があるから、敷地内に入ってくる人物の様は、せいぜい曲がり角からしか見えない。


 現代では、一般的に精神と肉体は区別して捉えられているが、本当のところは区別するものではないのではないか、と僕の思考は発展する。このような考え方の根底には、そうした類のものを区別したくない、という気持ちがある。つまり、区別して、区別して、区別してみても上手くいかないから、これ以上区別することの煩わしさを味わいたくないのだ。だから、一緒くたにしてしまえば万事解決するといった、一種の諦めに近い処置を施すことになる。


 彼女の姿が見えた。


 あまり小さくは見えない。


 ここからでも表情が分かるほどの近さ。


 彼女は、僕の姿を視界に捉えると、手を小さく顔の傍に掲げた。その動作のスピードはかなり遅く、わざとらしかった。


「yo」


 傍まで来て、彼女が言った。


 僕は黙って頷く。


「nani shite iru no, konna tokoro de」およそ予想可能な言葉を彼女が口にする。


「咥え煙草」僕は答えた。


 彼女は僕の傍を通り過ぎ、颯爽と玄関の中に入ろうとする。


「oyoso yosou kanou na kotoba da ne」と、玄関のドアが完全に閉まる前に、彼女の声が小さく聞こえた。

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