第19部 4202年19月19日

 夜中に目を覚まして、僕はベッドから身体を起こした。すぐ隣で彼女が眠っている。吐息とともに小さく上下する肩。


 なぜ目を覚ましたのか分からない。こんなふうに深夜に目を覚ますのは、今日に限ったことではなかった。ここ何日も続いている。そして、時計は決まって午前三時を示している。


 トイレに行って、部屋に戻らずに階段に座った。ひんやりとした感覚が脚の裏に伝ってくる。

 正面にある窓の向こうで、赤い光が踊っているのに気づいた。硝子越しだからよく見えない。僕は立ち上がり、何段かステップを下りて、窓を開ける。


 光の正体は救急車かと思ったが、違った。救急車に搭載されているランプの、少し大きなバージョンのようなものが、道路の上に鎮座している。


 僕は窓を閉めて、そのまま階段を下りた。玄関にあるサンダルを引っかけ、ドアを開けて家の外に出る。


 夜の空気は冷たかった。密度は一定している。その、一定に並んだ粒子の隙間を潜り抜けて、僕は夜の住宅街を歩いた。ゴム製のサンダルがアスファルトを擦る音が心地良い。


 ランプの赤い光が空に反射している。玄関がある方から道路を回り込んで進み、僕はランプの傍に至った。


 ランプは思っていたよりもかなり大きく、僕の身体の三倍ほどある。音も発さず、ただ光を放っているばかりだ。プラスチック製の表面の内側にある機構がくるくると回り、一定の周期で辺りを照らす挙動が、幾分不気味に感じられた。


 まるで、何かと交信しているみたい。


 そうか、僕は、この光に毎晩呼ばれていたのかもしれない、と思いつく。


「chigau yo」


 と、隣から声。


 見ると、上着を羽織った彼女が立っていた。


「いつからここに?」僕は尋ねる。


「ima」


 しかし、「今」と口にした瞬間に、その今は過去のものとなる。


「kimi ga, maiban, me o samasuno wa, watashi ga okoshite iru kara da yo」


「何のために?」


「kimiga me o samasuto, kawari ni, watashi no me ga tojite shimau」僕の質問には答えず、彼女は淡々と話す。「futari de hitori no sonzai da kara」


 僕は正面にあるランプに再び目を向ける。


 僕が視線を向けると同時に、ランプは回転を止めて、光を発さなくなった。


「kuru yo」


 彼女の言葉に、何を、と問うより先に、頭上から大きな音がした。


 しかし、上空に顔を向けても何も起こらない。


 もう一度正面に顔を戻したとき、ランプはすでにそこになかった。


 代わりに、巨大な蝙蝠が立っている。


 翼の先端を嘴で咥えてから、彼は僕達を見て、小さくお辞儀をした。

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