トレジャーハンター
はるむら さき
トレジャーハンター
「難攻不落のダンジョンをたった一人で制覇した英雄」
「王家が代々守ってきた神聖なる墓を荒らした卑しい族」
盗人だと蔑まれるのも、英雄と持て囃されるのも、そんなことはどうでもよかった。
悪魔の仕掛けた罠だとか、古の神の祭壇だとか、知ったことではない。
「冒険」と言えば聞こえは良いが、俺が求めていたのは「命を天秤に賭けるスリル」だった。
それを満たすためだけに、巨大な山脈を越え、あるいは海を渡り、好奇心のままに「迷宮」とやらへ潜り込み、それに挑んでは宝を盗んだ。
傷だらけになって、あるいは、その国中の人間から追いたてられて家路に着く。
やわらかい声が、何時ものように俺の耳に響く。
「おかえりなさい」
泣きそうな笑顔で出迎えてくれる君に、俺は豪快に笑って、今回の戦利品を見せる。
「ただいま。今回の宝は上等だぞ。ほら、君に似合うと思って盗ってきた。何処かの王家の姫さまが身に付けていた指輪だそうだ。他にも、歴代の王が継承してきた秘伝の書なんかもあるぞ。それから…」
命賭けの勝負に勝った。
その直後の高揚のままに君に宝を見せ、今回の冒険譚を面白おかしく語って聞かせる。
話す間にも俺の傷に必死で包帯を巻いて手当てして、君は苦しそうに、それでも笑って俺の話を聞いてくれる。
「なんだ?そんな顔をするなよ。俺は必ず帰ってくるさ」
そうしていつも傷が癒える間もなく、次の旅へと出掛けていくのだ。
当たり前になっていたんだ。
君がいつも俺を待っていてくれることが。
分らなかったんだ。
どうしていつも、泣きそうな顔で俺を出迎えるのか。
閉まる扉の向こう側、どんな気持ちで君が俺のことを見送っているかなんて、考えたこともなかったんだ…。
今になって…。
今さら気づいたってもう遅い。
俺が欲しかったものは。
俺の心を本当に満たしてくれるものは「命懸けのスリル」なんかじゃなかった。
たったひとつ、どんなものにも代えられない…。
君だったんだ。
彼が一年ぶりに旅から戻ると、家の中に彼女の姿がなかった。
すこし塩気の強い温かいスープのにおいも、不器用ながら一生懸命に包帯を巻いてくれる細く頼りない手の温もりも。
彼女のやわらかい「おかえりなさい」の声も、何一つ彼を出迎えてはくれなかった。
出掛けているのかと思い、帰りを待ってみたが、日が暮れて月が夜空を巡り、太陽が昇る頃になっても、彼女はついに戻って来なかった。
次の日。彼は彼女の行方を隣人に尋ねた。
隣に住む老夫婦。
「穏やかで、とても気の良い人たちなの。私のことを実の娘のように、かわいがってくれるのよ」と、以前、彼女が言っていた。
そんなに親しい人達ならば、君が何処へ行ったのか知っているかもしれない。
ただし、居場所を知ったとしても彼は彼女を追うつもりはなかった。
「こんな自分に、とうとう愛想を尽かして出ていったのだろう」と思っていたからだ。
「自分の居ぬ間に新しい男が出来て、出て行ったのならば、それはそれで仕方がない。
何処の誰だか知らないが、彼女がそいつの隣で笑顔でいるならそれでいい。
だから今、彼女がしあわせなのかどうか、それだけが知りたい。
なあ、お願いだ、知っているなら教えてくれるか? 彼女は今どうしているんだ?」
彼の言葉を聞いて、老夫婦は、哀しそうに顔を歪め、涙を流しながら言ったのだ。
「ああ…。あなたは一足遅かった…。
どうしているかだって? 彼女は先日、亡くなったよ。元々身体が弱かったせいもあるのだろうが…。流行り病にかかってね、あっという間だった…」
「死に際にあなたの名前を呼んでいたわ。そうして、あなたの無事を祈りながら、息を引きとった…。あの子のしあわせを願うなら、どうして、側にいてあげなかったの…?」
彼女の墓前で彼は涙を流す。
そうして初めて知る。
彼女の孤独を。大切な人と離れ離れになる痛みを。
最後の日に彼女が言った言葉の意味を…。
「私はね、歴史の書物も、星のような宝石も、何もいらない…。
ただ、あなたが生きて、側にいてくれることが、何よりも嬉しいのよ」
何時の時代も人は、一番大切なものを忘れて生き、そうして失ってから初めて気づく。掛け替えのないそれは、もう二度と手に入らないということに。
トレジャーハンター はるむら さき @haru61a39
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