勿忘草

モズク

勿忘草

僕の彼女はとても可愛い。どれくらい可愛いかというと、初対面でいきなり告白してしまうくらいに可愛い。端正な顔立ちにきめ細やかで透明感のある肌、笑うとできる目尻の皺とえくぼがチャームポイントだ。



彼女は子供だ。いたずらずが好きで負けず嫌い。すぐに拗ねたり駄々をこねたりするけどお菓子をあげたら機嫌が治る。

この前も15にもなって病院が嫌いなところを揶揄ったら、頬をパンパンに膨らませてしばらく口を聞いてもらえなかった。そんなところも愛おしいんだけども。



彼女は博識だ。大抵のことは一聞けば十の情報と「あなたって何にも知らないのね。もっと周りのことに目を向けなさい」と僕を小馬鹿にするような言葉が返ってくる。そんな時「君を見つめるのに忙しいからね」と臭いセリフをいえば必ず彼女は顔を真っ赤にする。



彼女の恋愛観はとても古風だ。結婚するまではキスはおろか手を繋ぐのもダメらしい。僕は彼女の考えを尊重しようと思う。彼女を愛しているし、今のこの関係がとても心地いいから。



彼女は本を読むのが好きだ。どれくらい好きかと言うと僕と一緒に歩いている時でも読んじゃう時があるくらいだ。今も植物図鑑を読んでいて、僕が今朝見た夢の話には興味なさそうだ。事故にあったらどうするんだと注意してみると「あなたが守ってね。もちろん私に触らずに」とのことだ。

「フリーキックの壁役みたいだね!」と言う僕の言葉は果たして本に集中してて聞こえてなかったのか、それとも普通に無視されたのか。



彼女は写真を撮られるのが嫌いだ。どんな顔をすればいいかわからないかららしい。「私なんか撮っても仕方ない。その分あなたの写真を撮るわ。」と言うのが彼女の考えらしい。

だからデートの写真は基本的に僕のソロ写真が多いんだけど、これじゃあ彼女との思い出が振り返らないよね。


彼女は多趣味だ。本で読んだことを実際やってみることが多いらしい。植物図鑑を読んだ影響か、今はガーデニングをやっているみたいだ。

楽しそうに笑う彼女からは微かに甘く爽やかな香りが漂ってきている。



彼女は寒がりらしい。周りが衣替えをしようが長袖を着たりカーディガンを羽織ったりしている。暑くないのかと聞くと「我慢と継続が女の子を綺麗にしているの。綺麗でい続けるのって大変なのよ」と返された。気の利いたセリフが思いつかなかったから、「いつもありがとう」と言っておいた。女性のこういうセリフの模範解答を早く知りたいです。



彼女はさよならの挨拶をしない。僕らがいつも別れる道で、僕がまた明日と言うと、彼女はいつもさよならもまた今度も言わないずニコッと微笑む。そして僕は踵を返して家に帰る。それだけだ。



「暑すぎる。」と僕が呟くと「そうね。」と返ってくる。

いつもの無骨な表紙より華やかなカバーの本を彼女が読んでいた。「変わった病気の女の子と平凡な男の子の恋物語」らしい。僕でも楽しく読めそうな内容だ。読み終わったら貸してくれるよう頼むと、何でももう必要ないからくれるそうだ。読み終わったら感想を聞かせるよと言うと彼女は困ったように笑った。


そんなことをしているうちにいつもの別れる道に差し掛かり、いつも通り僕が「また明日」といい、彼女が無言で微笑む。そしてこれまたいつも通り僕が踵を返す。


「さようなら」


背後から聞こえた声に反応して振り返るとそこには何もなかった。なぜ振り返ったのだろう。僕・は・い・つ・も・通・り・一・人・で・歩・い・て・き・た・道・を見ながら考えたが結局答えは出なかった。


家に帰ってカバンの中身を整理していると見慣れない本が入っていた。自分では絶対に買わないような題名の本で、不思議に思いながらパラパラとページをめくっていると、最後の方に押し花で作られたしおりが挟まれていた。

鮮やかな空色の房状の花だった。

初めてみるはずなのにどこか懐かしい匂いがして涙が止まらなくなってしまった。

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